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しばらくお互い何も言わない時間が続いた。ほんの数秒だったかもしれないけれど、私に時を感じさせるには十分すぎた。
ふと、Bは懐中時計を取り出して言った。
「……そろそろ時間だし、行くわ」
「……そう」
Bは何かを言いたそうに頭をかいていたが、やがて絞り出したように元気でな、と言った。未来が決まっているような人間に健康に気をつけろだなんて、やっぱりこいつは性格が悪い。
「あんたも、可愛いお嫁さん見つけて幸せになってね」
仕返しのように言ってやると、Bは顔を逸らした。あいかわらず色が変わるほど手を握りしめていた。
「……ああ、じゃあな」
くるりと踵を返し、国の玄関へとBは歩いていった。振り向いてもくれない。私はその背中に小さく手を振ることしか出来なかった。
「ほんとに行っちゃった。……一緒に行こうって言うなら、一緒にいてあげても良かったんだけどな」
誰にも聞こえない独り言を呟いて、すっかり冷めてしまったホットドッグにかぶりついた。私の日常の味。冷めてしまったらあまり美味しくないな。
母さんよりもお前の方が心配だ、とは口が裂けても言えなかった。手の中で跡が残るほど握りしめていたのは赤い宝石のペンダント。彼女の目の色に似ていると思ってたら、いつのまにか購入して店を出ていた。何かの拍子に渡すのもありだと思ってずっと隠していた宝石は、もう今となっては何の意味もない。彼女を思い出すきっかけになってしまって逆に辛いくらいだ。
電車の窓を開けて、風に乗せるようにペンダントを手放す。赤い宝石はきらりと太陽の光を受けて輝いて、やがて見えなくなった。
ペンダントを手放したというのに頭に浮かぶのは彼女のことばかりだ。光を受けた雪がきらきらと輝く幻想的な町並みの真ん中で、幸せそうに日常を謳歌する俺の幼馴染。……思えば俺はあの街の中の彼女の姿に恋をしていたのかもしれない。今更そんなことに気づいた自分がどうしようもなく情けなくって、瞳から一筋涙が零れた。
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