第九章 恋の方程式

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第九章 恋の方程式

               3  静かに読んでいた。  資料は十枚程度あって一気に読んでしまいそうだ。  しかし読んでいて、ほんと気分が悪くなった。  刹那の過去は悲惨だった。  幼い頃に父が母に暴力を振り、日々傷を負った。それは、クラス中の噂で知っていた。 「……くっ!」  そして最後に、刹那の父は病気で死んだと言う事だった。  だからか。  刹那は福岡から居なくなったのは。 「どうした、いきなり。『分かった』みたいな表情だぞ」 「はっ、すいません……ちょっと」  と頭の中をフル回転させる。 「……ふっ、ははっ!」  何で笑っているのだろう。 「どうした?」 「……あれ……」  ふと頬に涙が流れた。  どうして。 「……すいません。葛城さん。ちょっと、目に……」  何をベタな事を言っているのだろう。 「……はは、分かっている。好きなだけ泣けば良い。資料を見れば、その娘がどれだけ、酷い目に遭ったのか分かる。君も分かってるんなら、それで良い」  缶珈琲を置き、貴明は泣いた。  刹那はこんな傷を負っていたのか。  もう死にたい、って思うぐらいだ。  まずは、父が母に暴力を振るっていた。それを刹那が目撃していた事。  それが始まりだった。  そんな残酷な日々を送って来たんだ。  心が折れるのは仕方ない事だろう。 「……くっ、があああぁぁぁー!」  貴明は泣き叫ぶ。  そして。 「……くっ、かっ、葛城さん!」 「うん、何だ?」 「人って、こんな残酷になるんですか?」  涙を流し言っていた。  しかも、苦しみながら。 「うん……そうだな。人それぞれとも言う人も居れば、同情する人も居る。俺はどっちとも言えない。元警察官だからな。私情は禁物だからな」  と汗を拭う葛城。 「……くっ、そうですね」  空を見上げ、叫んだ。 「俺は!」 「ちょっと待て!」  ふと止めに入る葛城。 「まさか、会いに行くつもりか。勿論、場所を知っている俺に聞いて?」 「え!? ……」  と考えを巡る。 「彼奴はそれを見越して、頼んで来たんだ。はぁ、ったく。しょうがねぇーな。少年よ、これは、トップシークレットだ」  と資料を直していた。  そして。 「……これは、言えないんですか?」 「言えないんじゃなく、言えないんだ。探偵には守秘義務があるんだ。分かるだろう」  と怒りながら言った。 「大体、普通は忘れて、次の恋を見付けるもんだろう。何で……まだ」 「……それは」  口をつぐむ貴明。 「やはりか……この程度なら忘れろ。その娘だって、それを望んでいるから離れたんだろう」  ともう嫌になったのか立ち上がった。  これで終わるのか。  折角の手掛かりなのに、それを手放すのか。 「嫌だ! 嫌何だよ! 俺は約束したんだ! 絶対に守ってやると!」  と叫んで見るが、葛城は。 「ふっ、そうか」 「……はぁはぁ。あの、俺」 「分かっている。言っても諦めないんだろう。はぁ、仕方ない……」  葛城は貴明の頭に手を落とした。 「痛!」 「ったくよ、お前は。どれだけの事をしてやる気だ。……この先」  と葛城は一つのメモ帳を渡した。 「これは……」 「実に規定違反だ。内緒にしてくれよ。じゃ、後はそのメモに書かれているから」  と言い、公園を出て行った。 「……ふう」  葛城は煙草を吸い、吐き空を見上げた。  頑張れよ、少年。  ったく、親父よ。 「探偵家業はつらいぜ。同期の親父は……何を考えてんのか、分からん」  と思いに耽っていた。  公園に残っていた貴明は。 「ほんと……良い人だな」  とメモ帳を手にし涙を流していた。 「さて……と」  メモには住所が書いてあった。 「徳島……か」  とメモをポケットに入れ、家に戻った。  家に着くと、何故か心がざわついた。 「ただいま……」  家に入る。 「……お兄ちゃん、おかえり」 「千秋、どうした。玄関で」  中に入ると、哀しげに立っていた千秋が、俺の手を取った。 「おい!」 「兄さん、リビングに!」  と急ぎ足でリビングに移動した。  リビングに入ると、家族が揃っていた。 「……何……この状況」 「おう、帰ったか。すまんな、疲れているのに」  父が冷や汗を流していた。 「ふう~帰って来て早々、話を聞かせて貰うよ。貴明」  母が険しい顔をして言った。 「……話? まさか」 「すまない……例の事がバレてな。母はあーみえて、正義感の疎いんだ。……くぅ~」 「……」  そうか、依頼の件か。  警察には言語道断だしな。 「話って言われても……」 「話……例の娘に会いに行くつもりなのでしょう。これをすると、先方にも迷惑が掛かる。……」  母は煙草を吸っては吐いた。 「母さん……でも、俺。諦めたくないんだ。お願いです! 会いに行かせて下さい!」  と俺は頭を下げた。  警察官の親なら、絶対に許さないだろう。人としては、情を思ってくれれば。 「……はぁ、母さん。良いか?」  父が近付き声を掛けた。 「何、あなた」 「これを言う筋合いじゃないかもしれないが、子供のやる事に、尊重しようじゃないか。貴明は自分で分かって、分かった上で行動するんだ」 「父さん……」 「貴明はまだ、高校生よ。進路の事だってあるし、それよりももっと大事な事が……」  母親は力強く応えた。  もっともの話だ。  子供に出来る事なんて、たかが知れてる。 「ぐっ、分かっているだろうな。俺達は信じる事しか出来ない。それは」  父は母を説得し、そして『頑張って来い』と言った。 「えっ、分かった。約束だしな」 「条件がある。いすずちゃんも連れて行け。そして、無事に帰って来いよ」 「あなた……くぅ~」  母はそのまま父に連れられ部屋に戻った。 「ありがとう……父さんに母さん」  拳を握り締めた。 「兄さん……」 「千秋、ごめんな。馬鹿な兄で」 「ううん、私も。行きたいけど……兄さんだけで、頑張るべきだよね。……」 「……千秋。上手く行ったら必ず、友達として受け入れてくれないか」 「うん、当たり前だよ!」  と嬉しそうに言った。  いすずも連れて行けって。  どう言う事なのだろう。 「仕方ないな、はぁ~」  俺は携帯を出し、いすずに電話する。  電話のコールがし。 『何、どうしたの。貴明!』  と機嫌が悪い声がした。 「どうした、なんか。機嫌が……悪いみたいだが……」 『うん、ごめん。少々頭が痛いだけ。でっ、何?』 「……、えっとだな」  息を整えて。 「実はな、刹那の居場所が分かった。一緒に迎えに行こうぜ」  そして、俺達は翌日、出発する事となった。
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