はるのおと 其の三

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はるのおと 其の三

  「かの子先生、来ないなあ。」  仙台市青葉区柳町通り、大日如来堂前の寿司処「はる道」。少し早めに暖簾を仕舞いながら、昼下がりの玄道昭三がぼやく。親方がこの店を構えて八年、店を繁盛させる気があるのかないのかわからない「お母さん」は相変わらず一日おきに店に出る。暖簾の外れた入り口から通りを覗いて、お母さんが呟く。 「……また、揉めてんのかねえ?」  春は名のみの風の寒さに、お母さんは両手を脇の下に挟め、首を縮めながら店の中に引っ込む。 「去年の今頃は、毎日、来てたよなあ。」 「そうだねえ、転勤が決まって名残を惜しんでね。」 「結局、今も来てるけどね。しかも売り上げ二倍だ。」 お母さんはやはり、店の繁盛はどうでもいいらしい。玄道の上品さに欠ける比喩に、白い眼をじろりと向けた。 「津曲先生もここのところご無沙汰だね。大学入試も終わったのに、まだ忙しいのかねえ……。」 「ならいいんだけど。」 お母さんは、言葉とは対照的に明るい菜の花を花挿しにいけて、店の常連である袖井かの子と、その同僚の津曲克俊が勤める、広瀬川の向こうの学校へと思いを遣る。
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