ジュリーと女友達

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 ■  この「ジュリーと女友達」を語るために昭和の音楽(洋楽は別)の話を少々──。    その頃(一九七〇年代半ば)は、もう日本の音楽シーンは歌謡曲から、フォークソングやユーミンやアリスらが率いるニューミュージックなるものに移りつつあった。シンガーソングライター時代の到来だ。  でもそんな中でも、ザ・タイガースからソロの歌手になっ沢田研二ことジュリー(以下、ジュリー)は、ジュリーをこよなく愛する高名なる作詞家や作曲家が作った渾身の楽曲を次から次にヒットさせて、テレビの世界で燦然と輝いていた。  そんなジュリーが隣県の熊本に来るという。  高校生だった私は小学四年から夢中だったジュリーに──というよりも世の中の流れ通り歌謡曲というくくりのものに、徐々に距離を置き始めていて、フォークソングの旗手だった吉田拓郎や井上陽水に節操のない触手を伸ばしていた。  しかしそういう風に移り気な私でも、どうしてもジュリーだけは自分の中で、何人も追随出来ない特別な存在であり続けていることに変わりはなかった。
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