雪下律の過去

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父さんが死んでから月日が過ぎるに連れ、母さんは手から砂が零れ落ちるように少しずついろんなことを忘れて行ってしまった。 「母さん、バイト行ってくるから。」 俺がバイトに行こうとして意味もなくテレビを呆然と見ている母さんに声をかける。 でも無反応だった。 「ねえ、母さん。」 大きな声でもう一度呼びかける。でも全く耳に声が届いていないかのように。 「母さん!」 テレビの前に立ちはだかり母さんの視界に入る。母さんは俺を見て首をかしげた。 「あなたはだあれ?」 テレビから笑い声が聞こえる。お笑い番組だろうか。たしか結構売れてきている芸人だったはず。こういう時妙に冷静になれる自分が吐き気がするくらいいやだ。 母さんは時々、実の息子すら忘れるようになってしまった。
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