トローチ

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 そうせがんだ深雪に、雪はトローチを箱から出して一個、押し出した。  それから。  自分の口に含んだそれを、深雪の唇に押し付け、割り入れた。  深雪の唇は熱による乾燥の為かかさついて、熱かった。深雪はトローチを舐めずにごくりと呑み込んだ。深雪の見開いた目が雪を見る。雪も深雪を見つめ返す。深雪は唇を、大切な物の一部のようにきゅ、と引き結ぶと、熱の為か別の理由の為か潤んだ瞳で雪を見続けた。まるで一度、目を離したら雪が消えてしまうとでも言わんばかりに。  柱時計の音が鳴る。  ぼおん、ぼおん、と。  雪の手から参考書が落ちた。彼は罪びとのように深く項垂れた。  ああ。  ああ。僕は新雪を穢してしまう。  深雪のパジャマの貝ボタンは、雪を肯定するようにするりするりと外れていった。  色の白い深雪はほんのり色づいていた。誘うようで、それが辛くて、でも止められなくて、雪は泣きそうな思いで深雪を生まれたての処女雪とした。今から自分が奪うそれ。深雪の瞳は未だ潤んで、且つあどけなく雪の行為を見ている。彼女が寒くないように、雪は自らも深雪のベッドに上がった。  出し抜けに深雪が言う。  せっちゃん、トローチが舐めたいの。  誘うような甘い声音を、深雪はいつ覚えたのだろう。雪はトローチをまた口に含むと、深雪の珊瑚みたいに色づいたそれに宛がった。そのまま、撹拌するように、深雪の口の中のトローチを自分の舌で転がり回す。深雪の舌と舌が何度も触れ合った。雪はわざと絡ませさえした。  深雪の肌の、至るところにそっと触れて回る。雪の舌にも、トローチの味が染みついていた。医療品の筈なのに、どこか蠱惑的で退廃的に感じるのはなぜだろう。  深雪は時々、小さく声を上げた。少し掠れた高い声は、雪を止めるばかりか煽る一方だった。  優しくしてやりたい。  そう思うのに、深雪の顔が苦痛か快楽かに歪むのを見て、雪はいよいよ疼く想いを助長させた。  小さな桜貝のような爪に口づける。舐めて、口に含むと、深雪が子供のような笑い声を上げた。  そんな風に無防備に。  攫われてしまって良いというのか。  トローチの味が消えない内にこの、新雪に跡をつけてしまおう。  僕の罪はトローチの味。
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