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緑子がいたからこその木苺だったのだと、巽は遅まきながら気付いた。
ある晴れた春の日、巽が高校から帰ると、緑子が家に大学の友人を連れてきていた。巽はそつなく挨拶したが、友人の中に男子学生もいて、姉が木苺の茂みに彼らを案内した時は平静でいられなくなった。
友人たちを見送った緑子は巽にどうしたのかと訊いた。
怖い顔をしてるわよ、と。
あの木苺の茂みは二人だけの聖域ではなかったのか。
呑気な姉の顔に巽の胸の底から木苺より赤い憤りが湧いた。
巽は緑子の手首を掴むと、木苺の茂みまで引き摺って行った。春の日が暮れかかる頃だった。
美しい落日。
弟は姉の手を引く。
伸びる影法師。
茂みまで来て、巽はようやく緑子の手首を離した。緑子は怯えた瞳で、初めて見る相手であるかのように巽を見ていて、巽は少し胸がすいた。
姉さんは罰を受けなくちゃ。
巽の言葉が心底解らないという顔で、緑子が訊き返す。
罰?
そうだよ。僕たちの楽園を暴いた。
それは。でもそれは。
赤いルビーのような木苺が沈黙して二人の会話を聴いている。
だから、罰を受けなくちゃ。
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