不釣り合いな瞳

1/37
105人が本棚に入れています
本棚に追加
/91ページ

不釣り合いな瞳

      陽が真上に上がった頃、謁見の間の前に立つ 見事な装飾がなされた扉は音もなく開かれた 入り口から真っ直ぐ玉座に向かって 真紅の絨毯が伸び その道筋を辿り、ゆっくりと歩く 両脇には恭しく頭を垂れた者達が並んでいる この場に居るのだから それなりの地位にいる者なのだろうが 名前までわかる者は殆どおらず 見た事はある、という程度だ 玉座から少し離れた所に一脚の椅子が置かれ その横には駿河が控えている 今から執り行われる儀の進行役を務めるらしい 他の者達とは違い頭を垂れることはせず こちらを見つめている その瞳に昨夜の狂気は見えない 無意識に脚が止まりそうになるのを堪え 力を込めて歩みを進め、玉座にたどり着く 過去には立派な王が座していた豪奢な王座に これからは『傀儡の王』と影で囁かれる私が 座るのかと思うと、何とも言いようのない 気持ちになった 小さく一つ息を吐き、思いを断ち切るように 勢い任せに腰を下ろす 「面を上げよ」 響いた自分の声は頼りなく、微かに震えていた 頭を垂れたいた者達が一斉に顔を上げ 視線が集まるのを肌で感じ、心臓がきゅっと縮む 見計らったように駿河がこちらに一礼し 儀式の開始を宣言する 「これより叙任の儀を執り行う」 「王、本日より側近として仕える者を 御前に上がらせて宜しいでしょうか?」 「…許す、此処へ」 「畏まりました……袁吏、王の御前へ」 「はっ」と短い返事が返り 並び立つ家臣の列の一番後ろから 背の高い男が現れる 少し赤みがかった髪は短く整えられ 遠目から見ても存在感があり、目を惹く 昨夜思い出した幼い頃の朧気な記憶 その中にいた少年の面影はない ぼんやりと観察していると 男と視線が絡んだ 強い意志を宿した瞳に射抜かれ 心臓が強く脈を打つ …正義を宿す者の眼だ 正義を語れば笑われ、蔑まれるこの城には ひどく不釣り合いな輝きを放っている 男は私を見据えたまま、真っ直ぐ近づいて来る あと数歩で触れられる距離まで来ると 漸く視線を外し跪き、頭を垂れた 「亡き王、楊己の遺言により この者…袁吏を本日より王の側近とする」 「異議のある者…」 駿河の静かな問いかけに 声を上げる者はいなかった だが本心を言えば、ここに居る全員が 異議を唱えたいと思っているだろう
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!