いらっしゃいませ。

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いらっしゃいませ。

 驚いた。どうして驚いたかって? 店に入口より背の高いリザードマンが入ってきたからに決まっているじゃないか。 「いらっしゃいませ」  とはいえ、客は客。リザードマンだろうが、妖精だろうが、モンスターだろうが、商品を買ってくれれば立派なお客様。俺はエプロンのポケットに突っ込んでいた手を出して、営業スマイルを張り付けた。 「おい、黒頭」 「はい?」  いきなり黒頭とは。リザードマンは大きな足で通路を狭そうに歩いてきた。 「探している魔法が必ずあるとは本当だろうな」  ああ、張り紙の効果がさっそくあったのか。看板だけでは集客の効果がないのだ。 「もちろんです。ご覧ください。この魔法書の数々」  俺は周りを取り囲んでいる本を手で示した。店は狭いが壁際は天井から地面まで全て本棚でぎっしり本が並んでいる。部屋の中央には平積みもされていた。 「確かにすごい量の本だ。だがよ……、高いんだろ、魔法書って」  リザードマンは牙の生えた口元を俺の耳元に持って来て、ごにょごにょとしゃべった。店員の俺と自分しかいないのに。 「いえいえ、ここにあるのは全て古書。中古品です。まー、確かに古くなって価値の上がる物もありますが、ほとんどがお手頃な価格になっています」 「本当か!」  リザードマンはかぱっと大口を開けて、黒々とした目を丸くした。 「ええ。他の魔法道具を買うよりも断然お得ですよ。これなんて、炎の魔法が使えて、たったの四へソです」  俺は一冊、少しくたびれた赤い表紙の本を本棚から一冊引き抜いた。 「よし! 買った!」  リザードマンはポケットからくしゃくしゃのお札を取りだし突き出してくる。俺はお釣りにコインを一枚大きな手の平に乗せ、本を渡した。 「毎度ありがとうございました」  ふんふんと鼻息荒く出ていくリザードマンの背中を見ながら、ほっと息をついた。慣れない接客相手は緊張する。
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