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やわらかなそよ風が、うつらうつらと波の上でまどろんでいる。
初秋のおおらかな日差しが照らす昼さがり。
果てしなく広がる凪いだ大海原を、小さな帆掛け船が一隻、ぽつんとたゆたっていた。
――天候は、今日も晴れ。
「ここはッ、どこなのぉおおー!?」
青くきらめく水面に、少女の痛烈な悲鳴は泡となって弾けて消えた。
彼女は呆然と立ちつくしていた。
その視界を遮るものはない。
どこまでも続くたいらかな水平線は、世界の輪郭をなぞるかのごとく、ゆるやかな美しい曲線を描いている。
――少女の名はレイラ。
生来、鬼の国で奴隷として暮らしていた混血鬼の十七歳である。
彼女が人生の選択をあやまったのは、約一ヵ月前。
ひょんなことから出逢った得体の知れない人間という種族の男に、あれよあれよとのせられて、深く考えもせず荷運び用の粗末な小船へ乗りこんだ。
それが運のつきだったのだ。
複雑怪奇な霧の海域をからくも抜け出した一行は、喜びもつかのま、新たな困難に直面した。 漂流島の青鬼たちが隠し持っていた海図には、迷路海流より西側の航路が記されていなかったのだ。
しかしながら、当初は誰もがこの事態を楽観視していた。
常冬の山嶺よりも高く深い雲海を脱した先に待っていたのは、晴天つづきの穏やかな大海である。波間に踊る風はあたたかで、海流は彼らをいざなうかのごとくほぼ西へ流れている。
これならば帆はいらないな、と笑みをかわしあったのが、もう遠い日の想い出……。
一行は、こののどかな西の海で、はやくも二十八回目の朝をむかえていた。
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