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序章 永遠の安息を 《Requiem aeternam》
――初めに、闇があった。
仄かに漂う、香のかおり。
闇の中から、厳かな祈りの声が沸き起こり、燭台の灯が、ひとつ、またひとつと点されてゆく。
その明かりの中に浮かび上がる、中世様式の荘厳な礼拝堂。
しかし、天井まで伸びる高い壁に掲げられているのは、茨の冠を戴いた救世主ではなく、冷たい怒りの表情を浮かべた、奇怪な苦行僧の像であった。
その像の下に佇む、一基の祭壇。そこに、黒衣に包まれた人かげが立っていた。
「――『鉄槌(マレウス)』きっての碩学、グレゴリー・エルガー。そのあなたが、いまや、このようなお姿とは……。さぞご無念でしょう」
悼むような、それでいて、他人の不幸を愉しむような声。闇の中、法衣をまとった美少年が、祭壇に置かれたものに手を伸ばした。
それは、ところどころに火傷のあとが残る、生首。
首だけとなった、審問官グレゴリーの痛ましい姿が、少年の白い手の中にあった。
目を閉じた死顔には、憤怒の色がありありと浮かんでいる。
サルファーが、その顔を長い指でそっと撫でる。――と、生首のグレゴリーの目が、かっと見開かれた。
「お目覚めになりましたね、グレゴリー審問官」
少年の紅い唇が、妖しい笑いに歪む。
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