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第一部 街道 修(かいどう おさむ)
じりじりと、耳を突貫工事されているようなセミの声で、修は目を覚ました。
上半身を起こし、汗でべたついたシャツを素早く脱ぎ捨て、タオルケットを足元へ押しのけた。
一定の間隔で、回ったり止まったりしてる扇風機をぼんやり見つめた後、六畳間の部屋を眺め回す。
こじんまりとしたキッチンは綺麗だったが、フローリングの床には鼻をかんだティッシュや干からびた米粒が所々付着している白い紙容器、空の刺身パックが散らばっている。
そして、玄関脇には二週間以上出すのをさぼった証である、ぱんぱんにゴミが詰まった袋が四つ置かれており、ハエやカラスが喉を鳴らしそうな臭いを部屋中に漂わせていた。
「くせー……、ほんとに汚くて……、くせー部屋」
寝足りないようなくたびれた声で修は言ったが、けっして眠いわけでも、猛暑のせいで疲れている訳でもなかった。
昨日破壊した、漆黒の闇に浮かぶ岩の塊、体育館程はあるであろうその塊を破壊したときの虚無感を思い出していたのだ。
目が無意識に部屋の片隅にある、くしゃくしゃに丸められた紙にいった。
高校を卒業後、就職でこちらに来てからの一年間、連絡のひとつもよこさなかった両親からの手紙。
“バカ親が!”
修は口の中で舌打ちすると、積み上がっているシャツの中から赤い半袖シャツと短パンを着こみ立ち上がった。そして、玄関のゴミ袋を両脇に抱えると、うだるような熱気と強烈な日差しが降り注ぐ外へと出た。
二階建てのアパートの脇を通り抜け、小さな畑の向こうにあるゴミ置き小屋へ、気だるい足取りで向かう修の顔が曇る。
麦藁帽に白いランニングシャツ、大きく張り出した腹という、典型的な日本の夏のオヤジスタイルで、アパートの大家がミニトマトの株に水をかけていたのだ。
なるべく音を立てないよう、大家の後ろを通り過ぎようとした修だったが、あっけなくその思いは砕かれた。
「街道さん、随分な量のゴミだね? もうちょっと、こまめに出す事出来ないの?」
不機嫌そうな顔の大家に修は 「はあ……」 と返すと、そのまま道路脇のゴミ置き場へと早足で向かった。
「最近の若者はズボラな上、挨拶もまともに出来んのか」
背中越しに聞こえる小言に、
“うるせーよクソジジィ、頼むから早く死ね”
と心の中で修は毒づいた。
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