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上煙
深夜。マンションの一室。ペラペラと単調な音だけが響く。
音の主は、堀田絵里の左手にある台本。口にくわえたタバコは、ただ静かに煙をのぼらしていた。
とある休日の夜、一般家庭の団欒も終わりに差し掛かる時間帯、200人強の人々が、使用済みサイリウムを片手に、舞浜の劇場から散っていった。
ある者は涙を流しながら、またある者は〝ファミガ最高!! 〟と天に向かって叫びながら……
「ファミリアガールズプロジェクト」通称「ファミガ」。ソーシャルゲームを基盤とした、いわゆる2.5次元アイドルコンテンツである。
プレイヤーは親戚兼マネージャーとなって、トップアイドルを目指す一族を導いていくというストーリー。
堀田絵里は、最年少キャラの六女、「心音」を演じている。
1stライブ終了後、舞台上で全体写真を撮り終えた絵里は、私服に着替えるため、一人そくささと楽屋に戻ろうとしていた。
すると、それを見かけた他のメンバー達が、きらびやかな衣装のまま、絵里のもとに駆け寄ってきた。
「堀田さんっ! これから皆で、SNS用の自撮り写真、何パターンか撮ろうと思ってるんだけど……」
メンバーの一人が、大岩を撃つ波のように口角を上げ話し掛けてくる。
「あっ、私そういうのいいんで。」
(一緒に写真なんて、おこがましいったらありゃしない。ブス同士、勝手にやってろ。)
絵里は、表情一つ変えず、抑揚のない返事を置いて、その場を後にした。
絵里が、自分と他のメンバー達をここまで差別視するのは、彼女が子役上がりの声優であるからに他ならない。
絵里は、母親の意向で、3才から芸能事務所に入った。
彼女には、子役の才能があった。教育番組では、大勢の子役を退け、最前列で童謡を歌い踊った。
日曜日になると、朝は怪物に襲われそうなところをヒーローに助けられ、夜は着物を着て、ちょんまげ頭の大御所俳優の膝の上に鎮座した。
誰だか分からない大人達に囲まれながらも、絵里は一生懸命動き演じた。家に帰れば豪勢な食事、そして母親からの暖かい褒め言葉が、幼い絵里を待っていたからだ。
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