1.猫の瞳

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「あのさ、瞳孔って、瞳孔が大きくなったり小さくなったりするんじゃなくて、黒目自体が収縮してるんだってよ、知ってた?我が妹よ」 『地下のダンジョン先に索敵してくるわー』 「無視かよ!!」 『ど~でもいいからお前も上の階の敵倒して来いよ!!』 物静かで可愛らしかった妹はメキメキ育って口が悪くなった。今では各自の部屋でプレステをつなぎオンラインでホラーゲームする程度の仲。ボイスチャット越しにバケモノ蔓延る洋館をどこから攻めるか、あーでもないこーでもないと思案する声が聞こえる。アイツは背中まで伸ばした長い黒髪、日焼けしていない白い肌、小遣いを貯めて買った流行りの服とプチプラメイク、放課後の終わらない恋バナと同じくらいゲームを愛している。高校の友達はスマホゲームしか付き合ってくれないと、大学の講義にバイトに多忙の俺を捕まえては長時間の拘束を強いた。 深夜を指す自室の時計を一瞥し、静かに溜め息。明日は一限から去年取り損ねた一般教養の講義がある。エナジードリンクが欲しい。仕方なく頭をブンブン振って眠気を飛ばした。コントローラの三角ボタンを長押ししてドローンを召喚、周囲の安全を確認、そのまま朽ちた廊下に出たところで武装したゾンビに遭遇、射撃されるが華麗なドローンさばきで難を逃れる。カメラ保存大事。すぐさまキャラクター視点に切り替え、バリケードを壊し隣の部屋に進入、アタッカーキャラの俊足を活かして距離を詰め、不意を突いて敵を仕留めた。我ながら完璧なエイム! 『好きなものを見たら瞳孔って開くんだってね』 妹がぽつりとつぶやく。 胸の辺りがぶわっとかゆくてあったかくなる。猫みたいに感情の読めない瞳を思い出しながら、Tシャツをめくって胸をバリバリ引っ掻いた。 愛と欲望。大昔から人間はいつだって愛や欲望に取り憑かれて歌や詩や小説に悲しみや喜びをつづった。愛イコール欲望がもしれないし、愛バーサス欲望かもしれない。俺の場合は愛プラス欲望イコール破滅。一滴の血も繋がっていないけど、言葉にした瞬間破滅の恋。なんてドラマチックなんだろう!!でも、物語の終焉は人生が途切れる時。その日が来るまでは永遠に続く日々を生きなくてはならなくて、俺は俺のために周囲の登場人物たちを傷つけることはできない臆病者だった。
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