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今年のバレンタインも言えなかった。
何日も前から試作を重ねて完成したチョコは渡せたけれど、「友チョコだよ」と笑ってごまかしてしまった。今年もまた。
小四の時からずっと同じクラスで、高校でも同じクラスになって。腐れ縁だって言って憎まれ口を叩きながらも、そばにいることを許してもらっていた。
でも、それももう無理みたい。「ずっと好きでした」なんて、今更言っても遅いんだね。
「なあ、おい、聞いてる?」
いつもの帰り道に稲葉の声が響く。小学生の頃は石を蹴りながら一緒に帰った道だけれど、部活帰りの今は真っ暗で石一つ見えない。
「聞いてるよ。早紀から本命チョコもらったって話でしょ? 良かったね」
「……おまえ、知ってたの? 栗原が俺に渡すつもりだったこと」
「知ってたよ。同じグループだもん」
知ったのはバレンタインデーの前日だったけれど。
「稲葉くんに渡しちゃうよ? 梓、いいの?」って訊かれても、ダメなんて言えるわけないし。「どうぞどうぞ。私には関係ないもん」って強がるしかなかった。
「あっそ」
稲葉は見えないはずの小石を蹴る。
「付き合うことにしたんだって? おめでとう。早紀はいい子だから、あんたにはもったいないけどね」
バレンタインから一週間も経つと、あちこちでカップル誕生の噂を聞く。さっき耳にしたばかりの噂は、稲葉に彼女が出来たというものだった。
――おめでとう。おめでとう。おめでとう。
何回繰り返せば、心から祝福できるようになるんだろう。
ピタッと立ち止まった稲葉が、苛立たし気に頭を掻いて私を睨んだ。
「は? 付き合うわけないだろ⁉ 栗原には断った。俺が好きなのは梓だからって。おまえは俺が誰と付き合おうと関係ないみたいだけど、俺はおまえとしか付き合いたくない。ずっと好きだったから諦められないんだ」
「あー、カッコ悪」って言いながら、稲葉はまた小石を蹴って歩き出した。
ドクドクと自分の忙しない鼓動が聞こえる。
稲葉も私と同じ気持ちだった?
笑ってごまかしても、強がって否定しても。
この気持ちはいつも恋だった。
「待って、稲葉。あのさ」
稲葉の制服の裾を掴んで、振り返った彼の顔を見上げた。
私もちゃんと伝えたい。この気持ちを。
必死すぎて涙目になっているのを自覚しながら、私は大きく息を吸い込んだ。
END
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