少年と薬師

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 椿は、薬師というのは名ばかりの万屋のような男の付き人である。この薬師、人助けが趣味だと言う大層物好きな男なのだが、今回も例によってその人助けの一貫で、この森に来たのだった。  曰く、ここ十年以上この森には子供を攫って食べる凶悪な鬼が住み着いており、困っているということらしい。 『森の奥に、子供が好物の恐ろしい鬼がおってねぇ。だから子供をあの森へは入れないようにしているんだけんども、どうしたことか、ひと月にいっぺんくらい、いつの間にかあの森へ行ってしまう子がおるんよねぇ。何かに惹かれているんかねぇ。詳しいことは判らんけど、そんなこんなで、この村には子供が少ないんよ。産んでも産んでも、鬼が食べてしまうで。だけんど、このあたりに他に村はないから、外に出て行くっちゅうのもなかなか勇気のいるこって、私らは子供を隠して怯える毎日さね。今夜もね、ついさっき向かいんとこの五郎坊がおらんくなったって騒いでおったところじゃ。かわいそうに、きっとあの子も鬼に食われてしまっただよ。だからあんたらも、あの森には入っちゃいかんよ。特にあんた、その子と一緒は駄目だ。最初は赤子ばかりが狙われていたんだけども、なんだが徐々に見境がなくなってねぇ。最近じゃあ、その子くらいの年齢の子供もいなくなることが増えちまった。五郎坊だって、ちょうどその子くらいの歳だった。だから、気をつけなきゃあいかんよ。その子も鬼に食われっちまうからねぇ』  森近くにある村に立ち寄ったときに老婆から聞いた話を思い出し、椿は小さく身震いをした。鬼の話も怖かったが、子供がいなくなることにすっかり慣れてしまっているような老婆の口ぶりが怖かったのだ。きっと、防ごうにも防げない事態に疲弊し、いつしか諦めてしまったのだろう。  椿はただその話に怯えただけだったが、一緒にいた薬師はそうではなかった。老婆の話に食いつき、これまでにいなくなった子供の年齢や、性別、性格等を聞き出した薬師は、ふむと頷いて老婆に言ったのだ。それではその五郎くんという少年を探しに行ってきます、と。
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