少年と薬師

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 その言葉に老婆は大層驚いていたが、椿はまあこうなるだろうと思っていた。なにせ薬師の趣味は人助けだ。こんな話を聞いて、はいそうですかで終わらせるはずがない。薬師なら、子供を探しに行くどころか、可能ならばそのまま鬼退治までしそうだとすら思った。  そんな経緯で、薬師は村人の制止も聞かず、椿を連れて夜の森に足を踏み入れたのである。椿を連れて来たのは、あの村に一人にする方が心配なのと、椿を連れていた方が鬼とやらに遭遇できる可能性が上がるだろうから、だそうだ。とまあ、ここまではいつもの話である。大体いつも、立ち寄った先で他人が困ってるのを助ける、というのが決まりきった流れだ。唯一普段と違うのは、椿がその薬師と見事にはぐれてしまったことだろうか。  森に入って、最初の内は確かに一緒だった。万が一はぐれては困るからと、薬師の手をしっかり握って歩いていたはずだ。それがどうしてか、突然に手に触れていた温もりが消え、気づいたら隣にいたはずの薬師の姿がなかった。  明らかに不自然な事態に、しかし椿が取り乱したのは一瞬だった。なにせ得体のしれない鬼の住まう森だ。何が起こっても不思議ではない。人よりもずっとこういう事態に慣れている椿は、冷静に自分の周囲の木々を見た。こんなこともあろうかと、木の幹には道標の傷をつけてきたのだ。  木に刻まれた傷を辿れば、森の入り口にまで戻れる筈である。もしも薬師とはぐれてしまったら、お互いに道標を辿ってそこまで戻って合流する、と決めていた。だが、 (……やっぱり、おかしい……)  行けども行けども、森の入り口に辿り着かない。それどころか、どんどん森の奥まで突き進んでしまっているような気さえした。  ならば木の上から全体を見回せないものかと試みた椿だったが、今度は上に行けば行くほど木々が伸びるような不思議な感覚がして、一向に周囲を見渡せるようにはならなかったのだ。  ここまでくれば、椿も確信せざるを得なかった。何か不思議な力が、椿をこの森に縛り付けているのだ。
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