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そんな初冬のことだった。
「いらっしゃいませ」
数人の若い男性が店内に入って来たのを見て、レジの中から声を掛けた。
「おでんください」
「はい、どれになさいますか?」
大きなプラスチックの入れ物を片手に尋ねると、その人は何も言わずに固まってしまった。
小柄な私が見上げるぐらいの身長で、短い髪の毛がつんつん立っている。
切れ長の奥二重に少し茶色い大きな瞳が印象的で、じっと私の顔を見つめていた。
いつまでも返ってこない答えに首を傾げると、外の寒さで真っ赤になっていた鼻と同じくらい顔全体を赤く染めた。
大学生ぐらいに見えるけど、知り合いだっただろうか?
いくら考えても覚えがなくて「お客様?」とまた声を掛けた。
「おい!聞かれてるぞ」
後ろから友達に肩を叩かれて、「あ、あぁ」とやっと反応する。
「はんぺんと、ちくわぶと、たまごと、こんぶ」
言われるままに器に入れ、おつゆを足してふたを閉める。
「肉まんも下さい」
「はーい」
会計する間も視線を感じて、ちょっと困ってしまった。
私だって年頃だから。
時々お客さんに声を掛けられることもあった。
いきなり電話番号やメールアドレスを書いた紙を渡されたりすることもある。
でもはっきりした行動に出てくれた方がまだ対処できる。
「そういうことは困ります」とその場で断れるから。
目線で訴えられたり、バイト終わりを待って居られたりする方が困るのだ。
もしこの人がそうだったらどうしよう。
少し心配だったけれど、友達と一緒にそのまま店を出た彼が、私の退勤時間に外で待っているようなこともなく、私は自分の自意識過剰を笑った。
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