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13.恋人のふり
そんな訳で10日後。リミットぎりぎりで俺はサトコ(仮名)さんに根負けしたフリをした。
ワタル(仮名)は決して残念そうにも悔しそうにも見えなかった。純粋に、友の新たな門出を祝ってくれている顔だった。こじんまりしたレストランでの「報告会」はそのまま、ワタル(仮名)曰く「祝勝会」に変更される。
サトコ(仮名)さんは終始にこにこと、こちらも純粋に嬉しそうに見える顔で、わざと体をくっつけて来たり手をつなごうとしたりして、そのたびに俺は嫌がるんじゃなく照れている風を装ってやんわり押しのけたりして。
俺は多分、フィクションの恋愛を思い出しながら演ずることに酔っていた。サトコ(仮名)さんとのチームとして勝負に勝った美酒に酔っていた。
だからいつもよりほんのちょっとバカやってたと思う。はしゃいでたと思う。
適当な所で切り上げて店を出て、気を利かせたワタル(仮名)は早々に2人の前から立ち去った。サトコ(仮名)さんからもう少しだけ付き合って欲しいと言われても、それに何の疑いもなく応じた。
スターバックス。ちょっと空いて来た時間帯だった。奥のソファ席を確保する。
「結構楽しくなかった?」
その第一声にほとんど笑いに紛れて頷いた。
「私も楽しかったなー」
サトコ(仮名)さんの笑い方は共犯者のそれだ。越後屋、お主も悪じゃのう、ってやつ。
「すぐに『別れ』ちゃったら怪しまれるし、もーちょっと『付き合って』て貰ってもいいよね? それとも、他にイイ人出来た?」
「出来る訳ないよ。仕事時間以外はコレで手いっぱいだったし。俺はいいけど、そっちはいいの? 俺の方こそ『二股』かけられてない?」冗談に紛らせて上目使いで疑ってみる。
「ありえないよー、私もミツル(仮名)一筋!」しなだれかかって来る。もちろん冗談半分に。
……楽しかった。たとえ些細な嘘であれ、共謀して小さな秘密を抱える仲間がいるのが楽しかった。どうも俺は心の中が顔に出易いらしいので、ワタル(仮名)の前でポーカーフェイスを貫き続けることが出来たのも嬉しかった。
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