no_sex_is_life

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29.心の解釈  ワタル(仮名)が声も出ないほどびっくりしている顔も珍しい。でもその顔は本当にほんの一瞬で、あっさりいつもの少しだけにやついた笑顔に戻って、「そんな自明のこと今更言うなよ」とか。ふざけ気味。 「……どう言えばいいのかわかんないけどさ」  必死になって言葉を探す。 「ツトム(仮名)には、俺の『発作』は、他人から好かれるせいじゃなくて自分が好きになるせいじゃないかって言われたんだよ」  ワタル(仮名)は黙って聞いていた。ふざけモード沈静化。 「『好き』の意味は世間と違うけど、多分、そうなんじゃないかと俺は納得出来たんだけど。つまり、その微妙な抵抗って、他人の行動に対しての防衛じゃなくて、自分から踏み出そうとしている時の痛みなんじゃないかな? と思って」  心の中にぽんっとイメージが浮かんだ。ガラスのような透明な鏡。 「結局、誰も他人の心を視ることなんか出来ないんだし、多分、俺が感じていた『他人の好意』も、ワタル(仮名)が感じてる『接触の予感』みたいなのも、『他人からそういう気持ちを向けられているような気がする』という誤解でしかないんだろうな、って」  喉を湿らせる程度にビールを口にしてから、俺は息をついた。 「……だから、俺たちは結局、鏡を見て怯えてるんだと思う……多分。他人から向けられている意識だ、と思っちゃってるだけで、実体は自分なんだ。自分の心。自分の意志」 「……かも知れない」 「そう。うん。そうなんだと思う」  ワタル(仮名)に話しているようで、半ば自分に言い聞かせていたのだ、とは思う。  他者との関係に怯える気持ちは、自分のものでしかない。その原因のほんの一端でも他人に預けてしまうと、それが不確定要素になってますます自分を追いつめて行く。  本当はもっとシンブルに行ければ楽になれるんだけど。  ……というより、今、この状態はいいフィールドかも、と逆に思う。少なくとも、お互いに、他人の気持ちという鏡の中に、恐れている要素を見なくて済むことが確実な関係であるわけだから。  相手を好きにならなくて済む。好かれなくて済む。セックスを期待されることも、期待することもしなくて済むんだから。 「そうか。俺マジに惚れてるのか、ミツル(仮名)に」 「沸点は低いけどね」  お互いに笑い合う。もう少し違う言葉があればいいけど、残念なことにそういう日本語しかないんだよね。そんな愚痴を裏に秘めた笑い。
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