冬深く

15/21
前へ
/21ページ
次へ
 傷は浅い方がいい、変な期待なんかしたくないし、今なら『ふざけたんだろ、冗談だろ、笑えよ』で済ませられる。 「別に謝らなくても……その子、敦人が好きだったんだろ?」  遥希の声はやけに冷たく敦人の耳に響いた。間違ったものを口にして吐き出そうとするような表情は、さっきまで布団の中でじゃれ合った親密な空気を打ち消そうとしているようですらだった。 「違う、違うと思う。バイトでちょっと話しただけだし、もう連絡しないって決めたから。」  実はその後も何度か遊びに行こうと誘われていた。『みんなで』と言われて行ってみたら、来たのは彼女ともう一組のカップルだけ。遊ぶのはそれなりに楽しかったけれど、それ以上の気持ちは持てなかったのだ。今目の前にいる幼馴染に対して抱くような、甘やかしたり甘えたいと言う親密な感情も性的な欲求も湧いてこなかったのだ。  硬い表情の遥希の顔に敦人の指先が触れて、こめかみにかかる前髪を優しくよける。その感触に縋り付きそうになるのを押しとどめ、遥希は身体を回して敦人に背を向けていい捨てた。 「多少でも好意がなきゃキスなんてしないだろ。」  そう言いながら、じゃあ自分たちのキスは何だったんだろう、と遥希は思う。何であって欲しいのだろう、と。突然女の子とのキスの話をする敦人の気持ちは全く理解できなかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

93人が本棚に入れています
本棚に追加