君に贈る花束

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「まな」 「うん? 何?」 「ごめん。結婚のこと、少し考え直したいんだ」  情けない男であることは自覚している。自分の器の小ささも、女々しさも。大事な人に頼られたい、そんな男になろうと思い、いつも生きて来た。けれど、最近ますます理解出来ない。 「まなにとって俺って必要かな? まなは一人で何でも出来てしまうから。俺って男として、ちゃんと必要とされているのかわからないんだ」  彼女の全てを理解したい。それが出来る距離にいるはずなのに。どうしてこんなに遠いのか。  沈黙が苦しい。彼女のことだ。般若の顔でクッションを投げ付けて来るかも知れない。 「……そっか。そっか……うん、わかった。いっくんごめんね、本当。可愛げないよね……」  一郎という名前をもじっていっくんと呼ぶのは彼女だけだった。 「そ、そういうわけでは」  その日の夜。彼女は俺を誘った。俺は戸惑いながら、それでも愛しい女性と愛し合った。 「……好きよ、いっくん」 「……俺も」  その言葉を最後に、彼女は消えてしまった。冷蔵庫に朝食であるわかめサラダ、大根と人参の味噌汁、鱈の西京焼き、しらすまぜご飯を置き土産にして消えてしまったのだ。 「おう。佐藤」  同じ職場の先輩である近江さんは、まなのご近所に住むいわゆる顔馴染みという人だった。 「……近江さん。実は……」  彼女がいなくなって気付けば六日が経っていた。自分から言い出して何だが、この六日間、どう生きていたのか思い出せない。 「……はあ。玉なし野郎め」 「うぐっ」 「……おかしいと思ったんだよ。佐伯はやたらメールで佐藤のことを聞いてくるし。一緒に住んで婚約までしたくせに。大体この病院の中にはおしゃべりな奴も多いから、結構な噂になってるしな」 「……返す言葉も見当たりません」  屋上テラスの風が突き刺さる。自分から人を呼び出しておいて何だが、いっそのこと、このまま風化してしまいたい。 「……近江さん。俺は、まなにとって必要な人間かどうかわからなくなってしまって」 「女々しい野郎だな」 「そりゃあ近江さんは男らしくてまなも頼もしいご近所さんだって言うくらいだし。俺、ただの事務員だし、給料もまなより少ないし、本当は根暗だしお洒落わかんないし、地味なアルトクラリネットだったし」 「根暗の自覚はあるのな」  近江さんは電子タバコに文句を言いながら俺に向き合った。 「佐伯がくれたんだ、これ。身体に良いってよ」 「近江さんは、その。まなのこと」 「俺はもうとっくの昔に振られてる。タバコが嫌いだとよ。医者にだって吸いたくなる時があるんだっつうのによ」  どう切り返せばいいのかわからないまま、近江さんの話を聞き続けた。
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