君に贈る花束

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「佐伯はさ、俺とじゃ上手くいかないって言ったんだ。似ているからってな。頼られる人間でいたい、目印になる人間でいたい。同族嫌悪になるって」 「同族嫌悪?」 「俺は万年下っ端の外科医で、佐伯は手術室のトラブルメーカー看護師」 「え? そうだったんですか?」  俺は転職でこの病院に来た。仕事先が潰れて途方にくれていた時に、声を掛けてくれたのはまなだった。  そんな彼女がトラブルメーカーだったとは。彼女はそんな姿、微塵も見せていないじゃないか。教えてもくれなかったじゃないか。 「物覚えは良いし要領も良いのに、緊張からかどんくさくなる。ましてや女なのに結構ずばずばものを言うだろ。男相手医者相手にも突っかかってな」 「……俺はそんなこと知らされてないです」 「当然だ」  近江さんは俺を指した。 「あいつは人と違うのは、誰よりも努力家だってことだ。そしてそれをひけらかさないし見せない」  近江さんはテラスを見渡した。 「根性だけは人一倍だったからな。徐々に力も伴った」 「……」  俺はふと思い出した。彼女を好きになった瞬間のこと、雷に打たれた様な衝撃だった。後輩に自分の大事なものを譲った後の気丈な姿、必要なことをわかりやすく教える姿。後輩が上手にこなせた時に密かに喜んでいた姿。 「あいつは孤軍奮闘状態だった。でもな、あいつは自分と向き合って、今じゃ退社を惜しまれるくらいだ」 「ますます自信が……」 「言っただろう? 佐伯はな、頼られる人間でいたい。目印になる人間でいたいんだよ」  近江さんは俺の肩を叩き、スーツの胸ポケットに何かを入れた。 「しっかりしろよ。男ならな、泥にまみれても歯食い縛って立ってろ」  もう夕闇に染まった屋上テラスに背を向けた。地下にある職員用ロッカーに着替えに向かう途中。階段の踊り場で見覚えのあるポスターを見つけた。 「この場所って……そう言えば神前結婚式の場所だ」  ふと胸ポケットをまさぐると、近江さんが入れたものが出て来た。 「佐伯は多分ここにいる」  短い文章に添えて書かれている場所は、神前結婚式の出来る神社のある場所だった。
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