酷暑の夏

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「実はおじいさんがこの五月に亡くなった時に、お棺に入れてあげようと思ってね。引き出しを開けてみた時は、これはまだピカピカできれいな状態だったのよ。結局お棺には入れられなかったんだけどね。今は色々うるさくて、不燃性のものは入れないでくださいって言われちゃったから。 「そのおじいさんが亡くなった今、あの硬貨はお守りとしての役目を終えたことになる……本当はあの原爆投下の時に溶けていた筈のものが、おじいさんを守るために、ずっと70年以上に渡って、きれいな形のまま輝き続けていた。だけど、もうその必要も無くなった。だから、あの時に戻って溶けてしまった……そういうことじゃないかしらね……」  時おり流れる涙をそっと拭いながら、静かに語る祖母の言葉に、私達はみんな神妙な面持ちで聴き入っておりました……。  結局、あの硬貨は、いつ溶けたんでしょうね……祖母が五月に見た時はきれいなもんだったと言ってますが……私が思うに、あれが溶けたのは多分八月に入ってから……日付も、想像はつきますけどね。わかりますでしょ?まあ、想像で物を言うのはやめておきましょう、ええ、見たわけでもないですしね。あの異常なくらいの酷暑の気温が、戦時中に作られた粗悪な硬貨を溶かしてしまったんだと……そういうことにしておきましょうかね……
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