酷暑の夏

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 もし、金属が高温で溶けだしたのであれば、当然それによって周囲のものも焼かれることになる。机の引き出しから出火して火事になっていたかもしれない……そう思うと、それが妙に危険な物のように思えて来ました。とにかくよく出火しなかったものだと思い、もう一度引き出しの中を見てみましてが、焼け焦げの跡はおろか、なんの異常も見られません。それも不思議と言えば不思議なのですが、とにかくこのままにしておいたら危ない。婆ちゃんに注意喚起しておいた方がいいだろう。そう思った私は、その溶けた硬貨を持って丁度みんなが集まっていた広間に行き、祖母にそれを見せて状況を説明して、このままにしておいたら危ないんじゃないか、と言いました。  みんなも興味深げに祖母の手元にあるそれを覗き込んでいましたが、流石にこの暑さで金属が溶けたのではないか?という私の考えには、賛否両論といったかんじでした。 「おまえ、いくらなんでも気温だけで金属が溶けるわけないだろ」これは私の父。 「いや、金属って言っても沢山あるからな。鉄の融点は1500度くらいだけど、ガリウムみたいに30度程度で溶けるものもあるし、いろいろだよ」と、私の叔父。因みに高校の教師をしてます。 「やっぱり熊谷って暑いのねえ」と言ったのは私の従妹。  ところが、肝心の祖母はと言うと、各々勝手な見解を述べている親戚連中を後目に、いつまでもその溶けた金属の塊を眺めていました。と、見る間に祖母の目尻から一筋の涙が伝い落ちたのです。流石にみんな驚いて黙り込みました。 「ああ……だから、もう……そういうことなのね……」  しんとした広間に祖母の声が静かに流れました。 「そういうことって……なによ、婆ちゃん」  意味ありげな祖母の言葉がどうしても気になった私はストレートに聞いてみました。 「おじいさんが亡くなったからね……役目が終わったのね……」  そう言うと、ぽつぽつとした口調で話し始めたのです。     
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