酷暑の夏

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「おじいさんはその時思ったのよ。これが無傷で出て来たのは、家族が自分にこれを残してくれたんじゃないかって。自分達はこの世を去らなければならないけど、お前だけは、無事で、強く生き延びて欲しい……この一銭はこれからの生活の足しにしろと……その思いを込めて、これだけは無傷で自分に残してくれたんじゃないかって……おじいさんは、焼け跡でそれを握りしめたまま、ずっと大声で泣き続けていたって……」  強烈な午後の日差しが広間の大きな窓から差し込んで、エアコンをかけていても、じんわりと部屋の温度が上がってきます。その容赦ない陽光の中に、同じように強烈な真夏の陽射しに照らされながら、焼け跡の中に立ち尽くしている若き日の祖父の姿が浮かび上がってくるような気がしました。 「それ以来、おじいさんはそれをお守りとして、ずっと大切にしていたの。これは、家族が自分を守る為に残してくれたものだと言ってね。広島に身寄りが無くなったおじいさんは、間もなく身一つで上京して、新しい人生をスタートした。苦学しながらも何とか仕事も安定し、私と家庭を持ち、貴方達子供や孫にも恵まれ、家も建てることが出来た。『俺は一瞬にして家も家族も失ったけど、結局またそれを取り戻すことが出来たんだ。こんな幸せな人生を送ることが出来たのも、あれがずっと自分を守ってくれていたからだと思う』って、よく言っていたわ。そして、ずっと自分の机の引き出しに保管していたの。     
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