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「すみません、枯れない花はありませんか」
彼はいつも、その言葉とともに、その年初めて雪の降る日にやってくる。
雪のように白くて美しい髪を隠すように赤いニット帽を深く被って、いつも笑顔だった。
「解けない雪がないように、枯れない花もありません」
「それは残念です」
彼は悲しそうに、それでも楽しそうに笑った。
私は彼の笑顔が嫌いではなかった。なんとなく懐かしいものを見ているようで。
「……一年ぶりですね」
「そんなになりますかね」
「なりますよ。いつも初雪の日に来て、冬の間は毎日来てくれるじゃないですか」
彼は腕組みをして何かを考え始める。視線の先には懸命に生きる花たちがあった。またマイペースに話を変えられるのだろうなと勝手に予想して、思わず微笑んでしまう。
彼の話はいつも面白くて、どこか昔ばなしみたいで、子どもの頃に戻ったような錯覚を起こす。不思議だけどとても心地が良い時間を、彼はくれる。
咲いたばかりの小さな花に、彼が手を伸ばす。
「この花の名前は?」
「寒椿っていうんです。冬にしか咲かない花なんですよ」
白い寒椿から遠ざかった彼の手は、映画でよく見る美しい吸血鬼のように白い。
その手に一度だけ、触れたことがある。
暖かく、優しい笑顔とは違い、土の中みたいに冷たかった。
冬にしか会わない彼には何か秘密がある。それでも、互いのことをよく知らないこの距離がきっと、一番いい関係でいれる。聞いてしまったら壊れてしまう。そんな気がするから、私は何も聞かない。
「それじゃあ、今日は帰ります」
「またいらしてくださいね」
遠のいていく彼の後ろ姿を見つめていれば、また、寂しい気持ちが襲ってくる。
彼が帰るといつも、そんな気持ちになってしまう。子どもの頃のように寂しい気持ちが抑えられなくなる。
やっと会えたのに、行かないで。
自分でもよく分からない想いが枷を壊して、溢れ出てしまいそうになる。
見えない想いを止めようと胸に手を当てれば、確かな熱が、そこにはあった。
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