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27話 黒日輪(後)
都市伝説研究会は中に踏み込んだ。
侑太が貞夫の炎で中の敵を焼き、炙り出しを提案するが、現世の神社に影響があったら責任が取れない。
渋々、と言った様子で中に踏み込む。中に明かりは無いが、炎の鳥を呼び出せば照明は確保できる。
内部に現れた無財餓鬼や、焔口餓鬼、鉄鼠を斬り伏せて4人と1羽は奥に進む。
生命力を回復する結晶やアメジスト、パールといった宝石を回収しつつ歩いていくと、大空洞の中に巨大な空間が姿を現す。
4人の入ってきた入口から正面に向かい、篝火が等間隔で並んでいるが部屋の全景を照らす事は出来ていない。貞夫は頭上を仰ぐが、天井は見えない。
篝火の並ぶ先に木製の祭殿が置かれている。
高床式の3層2階建てで、中の様子は窺がえないが祝詞のようなものが聞こえてくる。
中に通じる階段の前に、甲冑に身を包んだ鬼が座っていた。
「一番初めに現れたのが、このような子供の集まりとはな」
「誰だ」
「我が名は悪路王。大和に牙を剥く呪い師の口車に乗り、現世に舞い戻ったものだ」
悪路王。蝦夷の頭目であり、アテルイとも同一視されることのある存在である。
鬼とも盗賊とも語られる彼が悠然と立ち上がると、その背丈が見上げるほど大きいことがわかる。3mほどだろうか。
宗司が前に出て、居合の構えをとると、悪路王も腰の直剣を抜き放った。
宗司は剣を構えた悪路王との距離をじりじりと縮めていく。
宗司君、と貞夫が叫んだ瞬間、その姿が掻き消えた。爆炎が壁となって迫り、悪路王を呑み込む。
鬼の強靭な皮膚を炭化させていく炎を纏ったまま、悪路王は猛進。貞夫に斬りかかるが、変身した油津姫が腕のランチャーから針弾を撃つ。
ランチャーに向ける油津姫にただならぬものを感じた悪路王は横に跳ぶ。
地に足を付けた瞬間、悪路王を剣閃の渦が襲った。鬼の頭領が直剣を振り上げると、甲高い金属音が鳴った。
「南無東方降三世夜叉明王、南無南方軍荼利明王、南無西方大威徳明王……」
侑太は貞夫の側で、不動金縛法に入っている。
術はまだ起動できていない侑太の前方で、悪路王が姿を現した宗司目がけて、煙のブレスを吐いた。
(このまま奥に踏み込めないか…?)
宗司は悪路王目がけて、『旋風』を放ちながら考える。
研究会は悪路王を挟んで、宗司が祭殿側、残りの3名が入り口側にいる。
逆の配置であったなら先に進み、蘇我日向を抑えるように言うのだが。
「ゴホッ…?」
宗司は唐突に胸のムカつきを感じ、思わず咳き込む。
舌打ちを一度すると、『旋風』を回避した悪路王を見据えつつ移動。
悪路王は篝火を飛び越え、部屋の右手の闇に消えた。直後、手足のやせ衰えた古代の兵士が彼らを取り囲む。
「増えた!?」
「手下を呼んだんでしょ、こんなの楽勝だし」
油津姫が呼んだ雷電が、柱となって祭殿のある広間を照らす。
迸る稲妻が屍の兵士達を貫き、壁際で蹲る悪路王の姿が一瞬、宗司の視界に映った。
「行者解かずんば解くべからず!」
悪路王の身体を、不可視の索が縛り上げる。不動金縛法が完成したのだ。
「油津姫、2人を連れて奥へ」
「OK!じゃ、よろしく」
「え、宗司君…」
「行けっていってるんだから平気でしょ!早く行こ」
油津姫が2人を促し、3人は祭殿に向かって走る。
宗司は侑太達が階段に向かって走り出すと同時に、悪路王を見据えて抜刀。
居合からの袈裟斬り上げ。切っ先から迸った『疾風』は、炎を帯びていた。
弧を描く炎の軌跡が火の鳥となり、縛めを受けた悪路王を貫く。
二つに分かれた悪路王の上半身が、火に巻かれた下半身の側に転がる。切断されてなお金縛りは解けなかったが、悪路王の上半身は力づくで不可視の索を破った。
皮膚がはじけ飛び、肉と骨になった悪路王の上半身が左腕に食らいつく。
「宗司!」
「見てんじゃない!行け!」
宗司は左腕を噛む悪路王の上半身を振り回し、部屋の左手に投げ飛ばした。
3人が祭殿に消える。左腕を失った宗司は額から脂汗を流しながら、懐から生命力の結晶を取り出し、傷口に当てた。
左腕が生えてくる。植物が発芽するかの如き有様だ。
(これほどの効果があるのか?それとも鬼の心臓の効果か?)
こりゃいいや、と宗司はほくそ笑む。
「小僧、貴様人間ではないな」
「人間だ」
言うが早いか、宗司は瀕死の悪路王に駆け寄ると心臓を抉りだした。
肉塊を握った宗司は素早く身を翻して駆け、口に心臓を放り込む。二つに分かれた悪路王の身体は心臓を奪われてなお活動を続ける。
しかし、黙って見届ける宗司ではない。上半身が刻まれると悪路王は現世を去った。
宗司が祭殿に踏み込むと、侑太達は既に日向を始末していた。
礼拝の間と思しき板張りの部屋はかなりの奥行きがあり、途中から岩がむき出しになっている。
床から一段低くなっており、石造りの巨大な首が研究会メンバーを眺めていた。
「侑太、これは…」
「でいたらぼっちの首だろ。会いたくはなかったけど」
3人の前には粘着糸で簀巻きにされた蘇我日向が転がっている。
「始末してないのか、蘇我日向」
「まぁ、殺すのはちょっとな…毒針打ち込まれてもピンピンしてる奴だけどさ」
殺した方が椿達の負担は減るだろう。
しかし人を殺すのはいけないことだ。侑太もそんな経験は無いし、貞夫に至っては戦闘中に口の端に上がるまで、考えもしなかった。
「どうするんだ、こいつもだけど…これ。放っておけないだろ」
「僕たちだけじゃ運べないよ。保安部の人たちに連絡しないと」
蘇我日向の生死も、でちたらぼっちの首も、高校の同好会レベルでは処分を決められない。
議論の末、対応力の優れる侑太と宗司がその場に残り、油津姫と貞夫が椿達を呼びに行くことになった。
貞夫たちは来た道を辿り、異界の岩窟から夜空の下に出る。
椿達と合流すると状況報告を済ませ、研究会一行は山を下りた。
別府達はでいたらぼっちの首が出たと知ると困った表情をしたが、研究会に負担を強いるような事はしない。
侑太達は事後処理を託し、悠々と帰宅することが出来た。
4月に入ってすぐ、4人はLINE上でやりとりをしていた。
続報が入ったのだ。でいたらぼっちの首が回収、土蜘蛛の手によって破壊されたことが油津姫から侑太達に伝えられる。
黒日輪の全貌は未だ解明できていないが、蘇我日向、蘇我是洞を失った事でかつての勢いを失っているらしい。昨年の秋から続く一連の戦いはひとまず終わりを迎えたと言っていいだろう。
―4月入ってからは平和になったよね。
侑太に誘われない事で、貞夫は春休みを謳歌しているようだ。
彼はバイクの免許取得に集中しており、仲介屋での依頼受注をひとまずセーブしている。
――こっちは干上がるから困るんだけど。まだ貯金あるからいーけどな。
――そのうち一騒ぎ起こるだろ。
――怖いこと言わないでよ。
――あんまりデカい奴は勘弁。
後日、蘇我日向はでいたらぼっちの首に神魔を降臨させようとしていた事が明らかになった。
招来せんとしていたのはオオクニヌシノミコト。その荒魂を降ろし、名古屋を冥府に作り変えたうえで死をまき散らそうとしていたらしい。
企みは防がれたが、つけられた爪痕は大きい。ヒルコの呪い、地脈の活性化により大きく霊格を高めた名古屋には無数の異能者が潜んでいる。
それでも、彼らは昨年から続く戦いを潜り抜けた。今はただ平穏を噛み締めるべきだ、それが怪奇と怪奇の間の句読点でしかなかったとしても。
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