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彼は私が欲しい言葉をいつも決して口にしない。
彼は私の事をいつも何一つ訊いてはこない。
欲しい答えは一つだけ。
毎日会ってあげられないから、メールも頻繁に出来ないから、と彼の主張する付き合えないルールは、私にとってはくだらない事ばかりだと思った。
恋に義務感なんていらないんだよ。
あなたと私の心がいつも繋がっているだけで、いいんだよ。
そう思うのに私はその言葉を呑み込んでしまう。
そして彼は、いつも目の前でシャッターを下ろす。
自分の人生にはお前など入るスペースさえない、とでも言わんばかりに。
だけど愚かな私は、いつの日かシャッターが上がり、抱きしめてくれながら欲しい言葉をくれる彼を期待してしまうのだ。
僅かな淡い期待をどうしても捨てきれずに、また彼に連絡してしまうのだろう。
いつかきっと、いつかきっと、と呪文を唱えながら。
私達の目の前を一組の男女が通り過ぎた。
彼らの右手と左手は、指と指がしっかりと絡まり合い、数ミリも離れていないように感じた。
顔と顔を寄せ合い、2人にしか分からない会話で微笑み合う。
別の世界の住人を見ているような気分だった。
私達は未だ一度も手を繋いだ事がない。
横で歩く時の彼はいつも右手をジャケットのポケットの中に入れる。
ポケットから伸びた腕の輪っかの中に私は黙って手をするりと差し入れて彼と繋がる。
右手の輪っかが、もしかしたら彼なりの愛情表現なのかも知れない、と思う事もある。
いつも駅のホームまで必ず送ってくれる、さりげない優しさを知っているから、そう自分に納得させる。
全てをくれないけれど、それでもやっぱり、彼が、いい。
いつまでもカタオモイの心、だけど私の想いはいつまでもカタイ。
きっとまたいそいそと新しい下着を身に着け、彼に会いに行く。
私が乗る電車が目の前で意地悪に素早く滑り込んできた。
次はいつ、会えるの?
その言葉を呑み込んで、私は彼の方を振り返り作り笑いを浮かべた。
「じゃあ、また、ね」
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