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1針目…言葉の裏と完熟トマト
ミニトマトの栽培キットを偶然見つけて買ってきた。
付属の説明書に目を通してみると、
『肥料:優しい言葉一言分』
と書かれていた。
「元気に大きく育ってね」
毎日の水やりと共に短く一声掛けるうち、苗はぐんぐん背を伸ばし葉を茂らせて、あっという間に真っ青な実を枝のあちこちにくっつけ始めた。
肥料をあげた日の翌日ほど成長の度合いが顕著だったので、気が乗らなかろうととにかく声を掛け続けた。
「今日もいい天気だね」
上司に理不尽な文句をつけられた日も声を掛けた。
「実が艶々で可愛いね」
友人と喧嘩して苛々が抜けない日も声を掛けた。
「葉が青々として綺麗だね」
自分の意見が理解されず、腹が立った日も声を掛けた。
「早く収穫したいな」
そうしているうちにいよいよ収穫の日を迎えた。
真っ赤に熟れた実を一粒もぎ取り齧ってみると、強烈な苦味が口一杯に広がった。
慌てて吐き出した果肉はどす黒く、カビも生えていてとても食えたものではなかった。
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