0人が本棚に入れています
本棚に追加
傷のある腕時計を見ながら、余裕を持って電車に乗った。この腕時計も、高校に入った時に買ってもらったもので早5年の付き合いだ。
たった一駅で降りると、僕は約2年ぶりのB市の空気に迎えられた。このA市からB市への電車は僕が高校時代に通学で毎日使っていた線で、たった10分程度の景色にも感傷を覚えた。
大学で親元を離れ、一人暮らしを始めた僕は帰省することはあれど用事のないB市に足を運ぶことはなかった。つまり今B市にいるのは、用事ができたためだ。
言われた集合時間より5分早く、待ち合わせの喫茶店に入る。確認のため店内を見渡すと、既に来ていた僕を呼び出した女性と目があった。彼女は僕に気づくと軽く手を振ってくれた。その瞬間2年の時間の溝が透明になり見えなくなった気がした。
僕は彼女の対面席に座る。彼女の手元のコーヒーにはまだ湯気がのぼっており、彼女を待たせたわけではないと安堵した。
「久しぶり、マホ。大人っぽくなったね」
「うん、久しぶり。ユイこそ顔つき変わったね」
「まさか」
僕が笑うと、彼女も微笑みで返した。その表情が本当に大人の女性らしくて、昔からの知り合いながらどきりとしてしまう。そんな内心を隠すように僕もコーヒーを頼んだ。
「ーーそれで、話って何だったかな」
店員が僕のコーヒーを運んできたのを見計らい本題へと切り出した。僕は砂糖を溶かしながら彼女の様子を伺った。
すると今までの柔和だった彼女の顔がすっと引き締まる。それは真面目な話をするというよりも、半ば怒る一歩手前のような。透明になっても溝は確かにあったのだ。そんな彼女に僕も思わず固唾を呑んだ。
どうやら苦いものに砂糖を加えても、完全に甘くなることはないようだ。
ーーそしてそれに加え、僕らにはわだかまりがある。それは2年という空白に詰められた灰色の塊。
僕らはこの塊を呑み下すか溶かしきることができるのだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!