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「どうして、あれから一度も連絡をくれなかったの」
「……」
僕は沈黙を選んだ。というよりも、理由を言葉にできなかった。
「たった一度のミスじゃん。約束したよね?ここを離れてもバンドを続けようって。たとえ一緒にできなくても」
「音楽に、飽きたんだ」
彼女が凍る。
やっと言葉にできたのは自分でもびっくりするくらい薄い言葉だった。ただ彼女の呵責から逃れたいがために出た僕の弱さ。それはきっと彼女もわかっているはずなのに。
「元々プロを目指してたわけじゃないんだろ。仮に目指すにしても、マホとケッタの実力に僕は不相応だ。2人で好きにーー」「ユイがいないと、楽しめないんだよ」
僕の言葉をマホが遮った。零すように呟いたそれは、僕の言い訳を全否定するには十分すぎた。
「ユイが遠くに行っちゃうのは知ってた。だから高校の間精一杯楽しんだ。練習した時間が私の一番の青春だった。卒業式の日だって、ユイの失敗含めてよかったと思ってる。でもね、私欲張りだから、完全に戻らないとしてもあの時間に居たいと思っちゃうの」
「……」
「我儘なのは十分承知してる。だからユイ、私とケッタのことが嫌いじゃないなら、せめて帰ってきた時くらい顔見せて、一緒に演奏しようよ……?」
それでも、僕は……。
幾多の返事が思いついては消えていき、僕の返事が入るはずの時間は空白が占めた。
僕は、一体なぜ音楽をやめ、2人から距離をとったのだろうか。
その理由は確かに存在するはずなのに、言葉よりも一次元低くて曖昧模糊としている。
でもそう、一つ挙げるなら、僕は逃げてしまいたかったのだろう。何度もあの失敗を夢に見た。指は確かに次のコードを覚えていたはずなのに、緊張という要素一つでいとも容易くズレを許した。
クラスメイトの落胆、僕への同情、その他のマイナスをごった煮したような三者三様の顔が頭から離れない。きっと僕は、音楽を続けるならこの顔を忘れることができない。ギターに触れるたびに失敗が付随する。それは乗り越えなければならない壁としても、僕には乗り越える力がないとはっきりわかった。
そして既に決まっていた遠方の進路は、逃げ道としては甘美すぎた。
あぁなんだ、理由なんて簡単なことじゃないか。
自覚した瞬間、僕は彼女の目を直視する権利をなくした。
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