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馳川が指摘したように、幾つか抜けがあった。デパートの小さな出店で胡椒を買ったことを思い出して、もう一度電話した。掃除機の中をチェックしていなかったので、紙パックを裂いて確認した。
けれど、どちらも空振りだった。
「もう、やだ!」
ゆり子はベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。
「ありません! 指輪は失くなりました! あたしはずぼらな女です! どうぞ愛想を尽かして下さい!」
10分経ってようやく起き出し、ジャージを脱いだ。
そろそろ着替えなくてはいけない。掃除機の中をいじったからもう一度シャワーを浴びたいし、化粧にも時間が掛かる。
鬱々とした気分で、今日着ていく予定のジャケットを見た。皺を取るために、あらかじめハンガーに掛けて壁に吊してある。
「あ~あ……」
今日、何度目か分からない深い溜息が出た。
馳川はきっと薄く笑いながら「お前なあ」と言うだろう。本当に呆れた時、馳川はそうする。
「で、ホテルに直行か」
電話で耳にした子供の声が、また聞こえたような気がした。可愛らしい女の子の笑顔が浮かんだ。
「わたしが不幸にしてる?」
涙でジャケットがにじんで、壁と溶け合った。
「……あれ?」
ゆり子はふと、ジャケットの右側が、わずかに下がっていることに気が付いた。まるで、右ポケットに何か重い物が入っているようだ。
「でも、ポケットは何度も確かめたし……」
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