リップレス×ミッシングリング 前半

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   2 「もうっ、どこ行ったのよ――痛っ!」  唇をとんがらせて嘆くゆり子の頭に、文庫本がどさどさと落ちてきた。整理用の小箱を本棚に無理矢理乱押し込んだせいだ。 「もう探すとこないよ……」  ゆり子はフローリングにへたり込んでベッドサイドテーブルの置時計を見た。  午前10時半。  馳川との待ち合わせは午後1時だから、1時間前の12時には部屋を出なくてはいけない。準備には最低でも1時間は掛かる。  指輪を探す時間は、もうほとんどなかった。  降り止まぬ秋雨が換気扇の庇を叩いている。  馳川は雨が嫌いだ。その上、失くした指輪は出てこない。ゆり子は絶望的な気分で部屋を見回した。  床が見えているのは、いま座っている場所だけだ。  10畳のワンルームは空き巣に荒らされた後のようにめちゃくちゃだった。  バリで買ってきたアタ製のクズ籠がひっくり返って、イベントやら旅行やらのパンフレットが床に広がっている。箪笥の抽斗は半開きの状態で中身が溢れ、クローゼットのプラスチック製の収納用抽斗から、決壊したダムから放たれた濁流のように、春物や夏物の服が部屋の3分の1を飲み込んでいる。  ゆり子は床を見つめてしばらく考え込んでいたが、立ち上がって山盛りの海外旅行のパンフレットを押しのけて、ガラス製のローテーブルから携帯端末を取った。  携帯端末に直接電話することも、メールすることも、SNSでの連絡も、馳川に禁じられている。唯一の連絡方法は、ゆり子との連絡のためだけに馳川が取得したメールサービスへのメール送信だった。  ゆり子は、指輪のことで相談があるから電話して欲しい、という内容のメールを送った。
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