第1章

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 久しぶり、と声がしたとき、私に対してだとは微塵も思わなかった。肩を叩かれて初めて、声をかけたのがヨシキだと気付いた。剃ってはあるがひげの跡が見え、相変わらず華奢な身体がスーツをうまく着こなしていた。当時私と同じくらいだった身長はかなり伸びて、座った角度から見上げても、私と頭一つ分くらいの差をつけているように見えた。 「オッサンになったな」  第一印象がそのまま声に出た。これだから協調性がないと言われる人生なのだとわかっちゃいるが性格だから治らない。そして夢に出た相手のことは好きじゃなくても意識してしまうな、と小学生のようなことを思った。 「うるせーわ。事はデリケートな問題をはらんでいます」  言いながらヨシキはラッキーストライクを胸ポケットから取り出して一本くわえた。 「ラッキーストライクかよ」 「お前もピアニッシモって、女子かよ」  煙を吐きながらヨシキは笑った。うっざ、と私も細く煙を吐く。 「誰かと喋らねえの?」 「私に友達なんていると思ってんのかよ」 「言葉が強すぎんだろ」 「うるせーよ。豆腐メンタル隠してんだわ」  缶チューハイをぐいっとあおった。あー肉豆腐くいてえ!と思った。つまみなしで酒なんか飲めるか。 「豆腐って凍るとスポンジみたいだよな」 「は?」  あ、これデジャブだ、と思った。夢でこれ見た。 「豆腐メンタルも一旦凍るくらい孤独になれば出汁も染みるってもんよ」 「は?」 「だから言葉が強いんだって」  ヨシキはそう言ってタバコを灰皿に押し付けた。 「俺、もう抜けて飯食って帰るけど乗ってく? どうせ次のバスで帰るんだろ?」 「助かる。私も腹減ったわ」 「柿ピーしかないもんな。下戸には優しくない同窓会だ」 「え。下戸なの? だっさ」 「言葉が強い」  私もペティルを最後に深く吸って灰皿でもみ消した。 「帰ろうぜ」 「帰ろうか」  私たちは出口に向かって歩き出した。二人分の大人っぽい靴が床を鳴らすけど、距離感や空気感はランドセルを背負ったあの当時と変わらない。熱くもない関係でも今の私にはちゃんと染みる温度だ。
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