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 朝の満員電車のなか、身動きが取れなくなって、清花(さやか)はつり革を掴む左手にいっそう力を込めた。この路線はいつも混雑する。痴漢に遭わないことだけが救いだが、冬の時期は車内の蒸し暑さに、朝から消耗してしまう。  ──満員のときくらい、暖房切ってくれないかなあ。  腋下を、汗が伝い落ちる。セーラー服やコートの裏地のポリエステルは、寒い屋外でこそ重宝するものの、こうも暑い環境では、じっとりと肌に湿気をこもらせてしまい、不快感を増すばかりだ。  清花は汗にぬめる指で何度もつり革を握りなおし、目の前に座る乗客の頭ごしに、窓の外を見やった。窓はうっすらと白く曇っているが、景色がまったく見えないほどではない。  見慣れた車窓の風景に目をこらす。同じひとの日常が日々垣間見えると、得をした気分になる。マンションのベランダで洗濯物を干すおばさん。その足下で柵を掴みながら、こちらを指さす幼児。踏切が開くのを自転車にまたがったままで待つ男子学生。スマホに夢中でひどい顔になっているおしゃれな女性。同じ時間の電車に乗れば、車窓に同じ人物を見かけることは、意外に多いものだ。     
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