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「社長、おはようございます」
こちらは、一目でカタギではないと分かる面々が集まっている。暴力団、カラーギャングなどの経験者もいれば、格闘技を極めた者もいる。子どもが一目で泣き出す顔、隆々とした筋肉、至る所に刻まれた傷。指が一部欠けているものもいる。
人を動かすには、飴とムチが必要だ。ムチが痛ければ痛いほど、投げられた飴は甘く感じる。
「社長。No.31435が限界です。借金の総額は2000万ほどですが、もう搾り取れるものはないようです。自己破産されたら厄介ですし、そろそろここに来ていただく必要があるかと」
もちろん、来いと言われて、こんな場所に来る奴はいない。無理やり車に引きずりこんで、来ていただくのだ。もちろん、家族揃って。
「家族構成は?」
俺が聞くと、部下はファイルを手渡しながら言う。
「父48歳、長男21歳、長女19歳。母は他界。子どもはなかなかの上物です。金にはなるかと」
「分かった。では、ターゲットの生活パターンを拉致メンバーに伝えろ。それから…」
俺が指示を出している最中、若い衆が、今報告を行なっている部下の方にそっと近寄り、耳打ちするのが見えた。
部下は一瞬驚いた顔をした後、俺の方に向き直る。
「失礼致しました。社長、今報告させていただいている、No.31435なのですが、長男がひとりで来ているようです。社長に会わせてほしいと言っているようですが、いかがしましょうか」
珍しいこともあるものだ。たったひとりでこんな事務所まで来るとは。その度胸だけは認めてやろう。
「分かった。部屋へ通して差し上げろ」
変わりばえのない日常、いつもの仕事、そう思っていたのに。灰色の事務所が少し色を変える予感に、俺の心は密かに震えた。
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