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「お待たせいたしました~」
「さほど、待っていません」
「さほと、お待たせしませんでした~」
グラスビールを差し出す際も、店員と客がじゃれ合うように、再び2人は軽口を叩き合う。
その時、片手に収まる何かをカウンターテーブルの下でアキラから倫音へと素早く手渡されたのを、佳乃は見逃さなかった。
「天崎さん、それ…」
「人見さんも、どうぞ」
こっそりと託された『それ』は、ワイヤレスのイヤホンだった。
そのタイミングで、再びボーイズバー『マンダリン』のドアが開く。
振り返った佳乃は、目を疑った。
事務所へ戻ったはずの操と絵美里が、腕を組んで入ってきたのだ。
「あら、天崎さんに…佳乃ちゃんも。この店を気に入ってくれたの?」
やや動揺した面持ちで、しかし作り笑いを浮かべながら操は声を掛けてきたが、絵美里は完全に敵視の目を佳乃に対して向けていた。
「役者が揃いましたね…」
片耳に髪をかけながら、さりげなく倫音はイヤホンを装着する。
そして珍しく、不適な笑みを浮かべた。
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