#2 愚作の再考(愚策の最期)

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 充電状態になっていたスマホを手に取る。  四月十三日金曜日ーー午後一時三十四分。  どうやら二時間近く眠ってしまっていたらしい。病院で嫌というほど寝ていたのに、家に帰ってくるなり真っ先に眠ってしまうとは。病院の固いベッドでいくら寝たところで、眠気や疲れは取れないのだろう。やはり、慣れた場所で眠るに限る。  いつも以上に運動をしたからだろう、前髪が額に張り付く程度の汗をかいていた。熱めの湯に入って、身も心もサッパリしたかった。  そうと決まれば、浴槽に湯を張ろう。  新しい着替えを脱衣所に用意すると、僕は浴室のドアを開けた。 「ーーーー」  全裸の瑞希が浴槽に漬かっていた。  絶句。  でもそれは断じて、陳腐な気まずさから端を発するものではなくてーー。  見慣れた浴槽の水面には、湯気は漂っていなかった。  見飽きた彼女の顔面には、生気は漲っていなかった。  大金を費やしたオーダーメイドのーー自慢の白い浴室は、真っ赤に汚れていた。  大金を費やされたスタイル抜群のーー自慢の白い身体は、真っ赤に穢れていた。  足元には、赤く濡れたナイフが落ちていた。    無造作に、  無意識に、    それを右手で拾い上げて、  マネキンのような瑞希ーーもしくは、瑞希に酷似したマネキンを見る。  その濁った瞳から、一切の感情は読み取れなかったし、  僕の濁った頭では、一切の現状は理解できなかった。 「ーーーーえ?」  永遠にも匹敵する時間を注ぎ込んで、あるいはーー、  刹那にも満たない時間を注ぎ込んで、自分の口から紡ぎ出された者は、たった一文字の間抜けな言葉だけだった。
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