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西が嘘をついたから、僕は物語に食い殺される。 彼からそうメールが入った時、視界ごと青褪めたのがわかった。彼は面倒な人間だ。仮にも表現で食事をしている人間が、表現の食事になろうとしている。こんなところまで比喩を使わないと死んでしまう様な厄介なやつ。まあ簡単に言えば働きすぎってところなんだ。ワーカーホリックは嫌いだった。だってダメ人間と大差ないから。僕は心因的な脂汗も代謝的な熱い汗も拭わず、彼の家へと急いだ。 「先生!」 ドアーベルを鳴らしても返事はなかった。ドアーを強く叩いた。虚構みたいな音だけが響きます。僕は困り果ててドアーノブを引いた。そして開けてしまった。パンドラの箱。 「先生! 明智です! 入りますよ!」 僕は大声を張り上げて靴を脱いだ。急いでいたからか、鍵を掛け忘れそうになって慌てた。僕はそう言うのを嫌う性分だ。けれどこの家の主は、鍵だろうがドアーだろうか開けっ放し。僕はそれが許せない。靴下のまま鍵を締めなおして、もう一度フローリングの上を走った。 彼は寝室にいた。掛け布団をすっぽり被って、べそべそ泣いているらしかった。 「先生」 彼のすすり泣く声だけが聞こえてくる。こもった音だ。 「先生ったら。僕です。先生が呼んだんでしょう。メールを、よこしたでしょう。ねえ」 「……明智くんかい?」 引きつって掠れて重たくて低い声。彼の嗚咽には親しみがあった。 「そうですよ。だから、布団から出てください」 「い、いやだ。食われそうなんだ。物語が僕を……食おうとしていて……」 「小説の書きすぎで疲れたんですね。わかりました。原稿はいつものところに隠しておきます。パソコンも。携帯も電源を切りましょうね」 「……本当?」 「本当です。僕は死んでも嘘をつかない性分ですから」 そう言い残して、僕は至る所に散乱する原稿用紙、ファンレター、殴り書きのメモを集めるだけ集め、更にはファイリングし、それから彼のノートパソコンとスマートフォンとフューチャーフォンの電源を落とし、一纏めにして高い棚に押し込んだ。もはや流れ技だ。よく慣れている。我ながらそう思った。
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