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寝室に戻ると、彼はベッドの上に座り、もじもじとしていた。青白い顔とひどい隈についためいきが落ちる。どうせろくな生活をしていないのだろう。
「先生。全部終わりましたよ」
彼はときどき、あまりの仕事量に気を病んでしまう。それだけ多くの連載を持ち、長編作品を書き、なぜかエッセイまで書かされているのだ。随筆家でもないのに。そしてとうとうパンクした彼は、自らの描く物語に怯え、食い殺されると泣いてしまう__まあそれだけならまだしも、気を病んだ勢いで手首を切り刻み、殺されるくらいならと自殺を図るからいけないのだ。僕が駆けつけて慰めてやらないと、彼は確実に死んでしまうだろう。今までになんどか、出血過多で救急搬送されていると言うのも、また事実であるし。
「そ、それはよかった。あいつらはもう僕を狙わない?」
「ええ、少なくとも今日は。先生があのモンスターに立ち向かわない限りの話ですが」
「二度と出会うものか……」
「それはそれで困ります」
僕が苦笑いをするのを見て、彼は肩をあげて照れるような顔をした。褪せた?が、ほんの少しだけ血色に染まったようだ。
「あ。また迷惑をかけたね。すまないね。変なことを言って」
「先生が変なのはいつものことです。だけど、僕が好き好んでやってることなので、いいんですよ」
彼は目を細めて笑った。春の蕾が、気付かぬ間にほころぶような、儚い笑顔だった。美しいと思ったのは事実だろう。認めざるを得ない。
「君は優しい、とても」
「全くです」
僕を見上げる瞳は柔らかく、羨望に満ちていた。それでもお堅くて、馬鹿のつくほど真面目な僕には、おどけて笑うことしかできなかったのだ。
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