路傍の小石

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 水を入れ過ぎた冷たい茶漬けを啜り終えると、そのまま床に引きずられるように横になった。視線を上げた先にある小さな白熱電球は危うげに点滅を繰り返し、その命も尽き果てようとしている。  ――今に果てるぞ。私は無感情な予測のもとで、この哀れな消耗品の末路を観察した。きっと三・二・一と数える内に、こいつは絶えるに違いない。それ、三・二・一……ほうら消えた。  予測通り電球の刺すような灯りはぷつんと消えて、再び真っ暗闇が部屋を支配した。  しばらくただ目を見開いていると、私の視界は黒よりも混沌とした奈落の色からほの明るい珈琲色へと移ろっていった。ぼんやりと事切れた電球の影が、居間と玄関部分とを区切る扉の影が、棚に入りきらずに積み重なった本の山の影が端々に映る。  私はこの部屋のことを考えた。四畳半一間の我が城のことを。  このウサギ小屋にも劣るであろう不潔で狭苦しい部屋について、私は何の感情を持つこともなかった。もう十数年住み続けているが、未だにこの部屋は私の巣ではなく、仮宿のような一晩の寝床という感覚に近かったのである。寝て、起きて、僅かばかり食って、糞をして、それしか活動がないせいであろう。  敷布団からはみ出た踵の皮膚に、干乾びた藺草のチクチクとした感触がする。せめて布団の範囲へと体を収めようと思ったが、そこで己の四肢がぴくりとも動かぬことに気が付いた。 自由に支配できるのは、ただ視線と目蓋の筋肉だけである。私は己が意思を持った泥にでもなってしまったような気がした。  ――意思を持った? 否、きっと私は自らの意思など手放してしまっているに違いない。  私はこの仮宿に居ない時のことを思った。毎日毎日、鮨詰めの電車に乗せられて。右に押されれば右へと傾き、左に押されれば左へ傾く。  膨大な書類とパソコンの四角い画面とを交互に睨んで、理不尽に嬲られ、不条理に怒られ、そこに私の意思は必要ない。  互いに杯を酌み交わしながら、どこかでこいつが落ちぶれやしないかと、奥底でちらりと期待する。他人の不幸で己の栄誉が保たれることを夢に見る。  ただ、無感動に日々をやり過ごしている。  幾千幾万と量産され続ける歯車の一つとなって、この社会の記号の一つとなって、消費されていく。現実生活に迫られて、やがて埋没する。  自我(わたし)は、とうに失ってしまったのだ。
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