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フランス製アンティークタイルを石畳のように敷き詰められた、清潔感と優美さを兼ね備えた白壁とスタイリッシュな内装。
業務用オーブンや冷蔵庫、製菓に使用される器具が並ぶスペースと、チョコレートに艶を与え安定させる作業に必須なテンパリング台が中央に置かれた拓巳の城である機能性抜群のキッチン。
一日の業務が終わり、キッチン内を清掃して愛用のスツールに腰掛けひと息つく拓巳。
手にする雑誌を読みながらふたたびため息をついたところでキッチンのドアが開き、拓巳の経営アドバイザー兼マネージャーを務めるアランが呆れた表情で声をかける。
「また雑誌見てため息ついてるのか。どうして日本人は雑誌の内容に左右されるのか、まったくもって俺には理解できない。そういうのを日本のことわざで一喜一憂と言うんだろ」
「くだらない雑誌など読んでないで、片づけが終わったならとっとと帰るぞ」と、アランは厳しい言葉を拓巳に向けた。
雑誌に書かれたアドバイスなど星占いと同じで、どれを信じるか切り捨てるかは当人の心次第で変わってくる。ようは心の持ちようだと拓巳も分かっているが、けれど話半分に割り引くことができない性分なのだ。
「アランは楽観的でいいよね」
恨めしそうな目をアランに向けぼやく拓巳に、やれやれまるで日本の梅雨みたいに湿気た野郎だなとアランは手でひたいを覆う。
「まったく……。黙ってりゃ極上の男だろうに、その性格がすべて駄目にするな」
もう勝手にしてくれとアラン、「俺は先に帰るからな」「拓巳も早く帰って身体を休ませろよ」とマネージャーらしい言葉を拓巳にかけ、踵を返しキッチンから退散するのだった。
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