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酒を飲む度に、好きなことでお金を稼ぎたいと思うようになる。肩肘を張っていたのが、だんだん柔らかくなったみたいだ。しかし、好きなことといっても、酒を飲むとか、クラブで馬鹿になるとか、碌でもないことが好きなことなのだ。そんなことで金なんか稼げるわけがない。
諦めかけていたところ、バーテンダーがこちらを見ているのに気づいた。
「何かお悩みでも?」
素直に言おうかどうか迷った。言ったところで、一笑に付されるのが関の山だ。しかし、言わないのも気持ちが悪い。ノイシーは、一時の恥を選んだ。
「あの……私、お仕事を探してて……それで、好きなことをお仕事にしたいな、って思ってるんですけど……今のご時世厳しいですかね……」
「そんなことは無いと思いますよ。好きなことで生きていける。素敵なことじゃないですか。それを追い求める人生というのも、なかなか良いものですよ。」
良いことを言ってくれる。とても耳触りが良い。
(この人は、とても良い人なんだな。)
まるで母親かのように諭してくれる。この人の元で働いている人は幸せだろう。
ここでノイシーは少し、というか、だいぶ危ない悪巧みを考えついた。
「私、お酒を飲むのが好きなんですよね。」
「良いことです。それなら、ソムリエになるというのも__」
「だから、私、バーで働いてみたいんです!」
「……それなら、カクテルの種類も覚えるという努力も必要ですけ__」
「私、ここで働きたいです!」
バーテンダーの優しそうな目が点になっている。いますぐ写真に収めたいほど傑作だ。ノイシーは少しの笑いを堪えている。
気がつけば、店中の目線がこちらに向かっている。テーブル掃除をしていたショートのブロンドも、カクテルを運んでいる短髪も、ほろよい加減の客も、みんなこっちを見ている。
(あ、ヤバっ)
「……っていうじょうだ__」
「良いわ。明日面接しましょう。」
「えっ」
客の方から、「おー、姉ちゃんがんばれよ」という声が聞こえた。
この方向は頭の片隅にあったが、まさか実現するとは思わなかった。現在、ノイシーは混乱している。
(確かにやりたいとは言ったけど……!まさか良いって言ってくれるなんて……!落ち着け……落ち着くんだ自分……!)
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