15.発表前日

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「農場…」 「そう。火星派遣メンバーの一人、江民邦という農学博士を私はよく知っている。彼は非常に優秀な科学者だよ。何と言っても中国は地球上で最大の人口を抱えている。国民を飢えさせないために、あの国は農学にとても力を注いでいる。江博士を補佐するだろう二人の農学者も著名だよ。私は彼らが、私たちの第二農場でやろうとしていることを、すぐに試すつもりだと思うよ」 「土を使った農業ですね」  ペドロは大きく頷いた。 「中国や日本などのアジア人はコメを食べる。稲作は大きく分ければ土を使う農業だが、水耕にも近い。必要な微生物は複雑だが、単純に土を使うよりは、微生物をコントロールしやすいかもしれない。江博士が、新しい農場でコメにチャレンジするのは間違いないね」 「居住棟を建てて、工場を作って、量産型の農場まで一気にやるんですか。随分欲張りに思えますが」 「モノになるかどうか分からないのに、江博士みたいなトップクラスの専門家を三人も火星まで送り込むかね。江博士は中国の農学部門のエースだよ。私が北京大学に留学していた時は土壌学と微生物学を熱心に研究していた。東南アジアでは、枯れた土地を水田にする手法を数多く実践し、成功させてきた。『土の魔術師』とも呼ばれていたな。その大事な頭脳を火星にまで派遣するんだ。中国の決意は相当なものがある」 「ますます侮れないですね」 「金属工場で資材を量産して、次に水田を作るとしたら、荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、彼らは、あそこに何百人、もしかすると何千人、何万人もの人が住むマチをつくるつもりかもしれない。しかも、極めて近い将来にね。私にはそう思えてならない。江博士はそのくらいの計画を提示しなければ、ここには来ないよ。そういう野心家なんだ。彼を引っ張り出せるほどの壮大な計画であるのは間違いない。火星機構の本部は彼らの意図を過小評価している」  ケイはデイブのメールにあった一節を思い出した。 〈中国筋は、「これはほんの序章だ」と言っている〉
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