16.シミュレーション・キャンプ

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 米軍はコロニー警備要員の常駐を要求し始めた。その背後では、シモンズ大佐が暗躍しているのは明らかだった。火星コロニーにはこれまで、軍出身の飛行士、エンジニアは何人も滞在していたが、現役の軍人が任務で常駐したことは一度もない。兵器は配備できないが、丸腰の軍人を配備するのは、宇宙開発のルールを定めた「宇宙条約」「月協約」に反しないことは、月面基地で確認済みだ。丸腰と言っても、現地で武器を製造するのはさほど難しいことではない。訓練された軍人を送れば、それは事実上の兵力になる。シモンズ大佐は、中国の脅威を声高に訴え、軍籍を持った人間を派遣することに執念を燃やしていた。 「軍もやっと仲間に入りたくなったんだろう。いささか遅い気がするがね」  マディソンの声がヘルメット内に聞こえてきた。  ケイはマディソンの前方十㍍を、ゆっくりと歩いている。帰還船班のうち、火星滞在期間の短い金属加工の専門家クリフ・リチャーズとケイのために、二泊三日の訓練キャンプが企画されたのだ。指南役には、ジム・マディソンとクリフォード・マグガイバーがついた。行先は例の帰還船。だが、今回は単なる遠足ではない。二カ月後に自分たちがオリンポスまで乗る船のメンテナンスを兼ねている。  月面基地に人が常駐するようになって以降、宇宙服の素材や形状には、大幅な改良が施された。アポロの月面着陸やスペースシャトルの船外活動時と比べると、見た目は格段にスリムになった。特に大気のある火星で活動するための気密服は、サーフィン用のウエットスーツをひと周り大きくした程度。素材の改良で軽量化も進み、生命維持装置込みで約九十キロあったアポロ時代の三分の一程度で済んでいる。完璧に気密された外皮は、ナノテクノロジーを駆使した強化繊維の複層構造だ。一枚の厚さはそれぞれ一~三㍉しかなく、頼りないくらいの薄さだが、それが何枚か重なると、強度や衝撃吸収能力は、かつての宇宙服とは比較にならないレベルに高まる。九ミリ口径までなら至近距離で発射された弾丸の貫通すら許さないレベルだ。
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