16.シミュレーション・キャンプ

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「でも刺激に満ちてたのは行きだけだった。そのエリシウム探査は帰りがひどかった。単調な移動に飽き飽きしていたところに、コロニーまであと三日という地点で、ビークルが故障した。交換部品が届くまで、一歩も動けずビークルに缶詰だ。大の大人が、狭い車内で、小さなシートの上に丸まって寝たんだ。小便がしたくなっても、外に出る訳にもいかない。あの狭い中で体を折り曲げた状態のままでするんだ。そりゃ最悪の気分だよ」  クリフの笑い声がイヤホンから聞こえてきた。 「おむつはすぐに満杯だな」 「宇宙服の中が臭くなるんで、なるべくしないように我慢した。でも、限界はすぐに来る。翌日には、すぐみんな我慢できなくなった。交代でおむつ交換タイムを取ったよ」  クリフが爆笑しているのが分かった。マディソンがにやにやしているのも、ヘルメットのシールド越しに分かった。 「三人のうち、二人が車外にでて、その辺りをちょこっと散歩する。その間に、残りの一人が車内でおむつ交換さ」 「彼女には見せられない姿だな」 「その時、ついでに大きい方もしてしまった奴もいた」  一行四人は足を止めて、クリフォードの話に聞き入っていた。 「それはかなり匂っただろう」 「ところがだ。ビークルの出入りの時に、車内の空気は全部排出されてしまう。しばらくして、ビークル内に新しい空気が充填されたので、俺は全然気付かなかった。コロニーに戻ってから、聞かされたんだよ」  クリフォード以外の三人は声を上げて笑った。 「そりゃ傑作だ。おむつは捨てて来たのかい」  クリフが茶化した。 「排泄物は貴重な資源さ。ちゃんと持ち帰りましたよ。ごみのポイ捨てはやめましょう。火星環境を守りましょう」  クリフォードは歌でも歌うようにそう言うと、再び歩き始めた。 「さあ、仕事、仕事」
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