2.ユージン・ブレ博士

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「水と酸素だけで、人間は生きていけない訳ですが…」  ケイは話を切り替えた。 「そう、その通りです。それでは、水や酸素と同じく大切な食料のことをお話しましょう。人間と同じく、植物が生きていく上でも、この惑星はとても厳しい環境にあります。光合成に必要な二酸化炭素はあり余るほど存在しますが、酸素がなければ植物もまた窒息するからです。  我々はまず、地球や月面基地で、野菜や果物の生産に使われている溶液栽培を試しました。手始めはトマトやイチゴ、サニーレタスなどの葉もの野菜です。これは順調に成果を収めたと言えるでしょう。最初はハブや公会堂の片隅で実験しました。現在、私たちが農場と呼んでいる栽培用の大型ドームが完成してからは、生産量と作物の種類が飛躍的に増えました。今日のディナーでも、食卓には火星産の葉野菜やデザートがたくさん並ぶでしょう。これは地球から運んだ乾燥野菜よりはるかにおいしいし、コロニー住人の健康面でも大きな役割を果たしてくれます。  ウイリアム機長のマーズ・エンタープライズが二度目の航海で、このコロニーに大量の貨物を届けてくれました。その大部分が農場を造るための資材でした。我々は一年掛かりでこれを組み立て、内部の空気組成を調整し、広さ一㌶に及ぶ人工空間を確保したのです。このドームは、地球より少ない太陽光を効率的に取り込めるよう工夫された透明な合成樹脂で覆われています。主な素材は、火星で人工的に合成したポリエチレンです。内部は、二酸化炭素と酸素、窒素、湿度のバランスを、植物の生長に最適となるように調節してあります。このノウハウはすでに月面基地で確立されていました。今、ドーム内では野菜や果物など十数種類の作物を育てています」 「今夜のディナーが楽しみですね」  ケイの合いの手に、ブレ博士は微笑んだ。
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