17.訓練開始

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「ジェニファー…ハイド…」  ケイは少し考えて、はっと思い当たった。 「あのジェニファーですか」  ジェニファーとは何度か農場のバスケットボールコートで会ったことがある。地質学を専門とする科学者。金属精錬にも詳しい黄色いつなぎのMS(ミッション・スペシャリスト)だ。火星居住者には珍しく身長が百七十センチあるかないかの小柄な女性で、勝気なことで有名だった。ゲーム中にしょっちゅう他のプレーヤーと揉めていたのを覚えている。とにかく負けん気が強い印象だ。 「じゃじゃ馬のお世話は骨が折れるかもしれんが、頼むよ。彼女の地質学と鉱物学の知識はこのミッションに欠かせない。性格はともかく、彼女の能力は他に変え難い。加えて、野外活動の経験が豊富だ。サバイバル技術においても、彼女の経験と知識は役に立つ」  マディソンが言った。彼がこんなに人を褒めるのを聞いたのは初めてだった。 「なぜジェニファーは今回の訓練に参加しなかったのですか」 「ジェニファーは、ハブにいることが少ないくらい、始終外を歩き回っている。本当は規則違反だが、一人で何週間か出掛けたこともある。火星でのサバイバルに関しては、我々よりプロフェッショナルだ。訓練なんて、とても彼女には提案できないな」  マディソンは苦笑した。そう言えば、ハブの公会堂や食堂でジェニファーを見掛けることはめったにない。コロニー外で調査活動をしているせいだったのだ。  宇宙船の構造に詳しくないケイとクリフ・リチャーズは、到着後しばらくしてから、マディソンとクリフォードから、カールの機器類についての詳しいレクチャーを受けた。講義と言っても、極めて実践的な内容だった。もし、操縦士のマディソンに何らかのトラブルが起こったら、ケイ、クリフ、ジェニファーのいずれかが操船し、無事着陸させなければならない。コンピューターがほとんど自動で操縦してくれるが、マシンの故障も想定する必要がある。万一に備えて誘導システムの仕組みや軌道計算の仕方、手動操縦の方法などを完璧に覚えなければならなかった。この知識が不充分だと、もしもの事態に、帰還船は火星大気で燃え尽きるか、火星軌道を外れて宇宙空間を漂うか―。いずれにしても余り想像したくない結末に至る。
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