17.訓練開始

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「俺なんか、何度も船を燃やしてしまったさ。初めて成功したのは、十回目くらいかな」  クリフォードは、メインコンピューターのシミュレーションモードを解除した。 「初日の訓練はこのくらいにして、今夜の寝床作りでも始めるとするか」  マディソンがそう宣言したとき、帰還船の外ではあらかた日が落ち、青白い空に夕闇が訪れかけていた。上空では夏の時期にたまに見られる淡い筋雲が南の方角に真っ直ぐ伸びていた。大気が希薄で水分がほとんどない火星で雲が発生するのは稀だ。裏が透けて見えるほど薄い布をひらひらさせているような雲だった。  再び船外にでるため、マグガイバーが帰還船の扉を開けた。事前に減圧しておいたので、中のものが外に吸い出されることはなかったが、真空に近い低い気圧は、与圧服とそれを着る者に再び緊張をもたらした。  クリフォードは扉から大きなスーツケースほどのバッグを地面に向かって放り投げた。相当な重量があるはずだが、それはゆったりと地表に落ちていくようだった。地表に埃が舞い上がるのが見えた。 「向こうでは、何かトラブルが起きたらテント生活になる。これもシミュレーションの一つだ。今夜はテントに泊まることにする」  ケイとクリフは火星に来てまだ二カ月足らずで、テント生活の経験はまだない。テントと呼ばれる簡易型のハブは、地球のキャンプで使うテントとは全く異なる。気密性の高い外皮は、伸縮性があるにもかかわらず強度は下手な金属よりも強い。与圧、減圧をするためのエアポンプがセットになっていて、膨らませると四人が横になって寝られるくらいのスペースを確保できる。膨らませた後は一気圧に近くに保つので、与圧服を脱ぎ、酸素マスクをつけるだけで過ごすことができる。必要とあらば、内部に酸素など呼吸可能な空気を送り込み、酸素マスクも外して生活することさえできる。長期の野外活動には便利な装備だ。
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